クローンとなった「太閤の桜」
醍醐寺(京都市伏見区)は桜の名所として知られている。かつて太閤秀吉による「醍醐の花見」の舞台となった処だ。当時は桜としてヤマザクラが主体で、ベニシダレや八重桜もあったであろう。今も境内に多くのヤマザクラが植えられており、また見事なベニシダレが数本あることでも知られている。
総門を通ってすぐ左にある三宝院への通用門を入ると、すぐ目の前にベニシダレの大木が目にとまる。秀吉の時代からの樹ではないが「太閤の桜」とよばれ、大事に保護されている。この樹からクローン桜がつくられた。
クローンとはギリシャ語の小枝に由来する用語で「遺伝子組成が等しい遺伝子、細胞ないし生物の集団」のこと。一本の木から挿し木によって殖やされた木々はこれに該当する。桜として多くみかける染井吉野は、クローンであることが最近の調査で明らかにされた。気候が同じところで一斉に花を咲かせるのはクローンのなせる技といえよう。
桜の木は挿し木よりも接ぎ木によって殖やされることが多いらしい。その際小枝(穂木)を台木に接ぐ。台木が別の品種だと、成長する過程で台木の性質が穂木全体に影響を及ぼしてくる可能性がある。これを排除するために、クローン技術によって特定の桜を育てる試みがなされてきた。
成長の最も速い新芽の部分から細胞を単離して容器内で人工培養する。うまくゆくと芽が伸び、根も生えてくる。この間雑菌が生えないような環境が必要だ。水培養によってある程度大きくしてから鉢に植え、さらに育てる。こうしてできたのがクローン木である。
クローンとなった「太閤の桜」の一株が、約15年前に三宝院の通用門を入ったすぐ右手に植えられた。その若木が今や背丈5メートルほどに成長し、枝垂れて親のように艶やかな花を咲かせるようになった。他のベニシダレに例があるように、100年~200年、いや千年と花を咲かせ続けてほしいものだ。この木からまた次代のクローン桜が作られるだろう。