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「800字文学館」

磯田道史博士はすごい。

松谷 隆

 今年4月の熊本震災には驚きの連続だった。まず、気象庁が最初のM6.2の地震を28時間後のM7.3の本震の「前震」と変更し、「この本震は想定外」と発表したこと。さらに、週刊誌が「熊本震災の被災者、犠牲者は人災だ」と題した記事を掲載したこと。後者はガセネタと無視したが。

 さらに驚いたのは5月18日の読売新聞夕刊を見たときである。歴史家の磯田道史博士の一文がコラム『古今をちこち』に載っている。読むと「熊本大地震の一報を聞いた時『やられた』と思い、悔しかった」とある。
 1661年の慶長三陸地震の8年後、最初に大地震が発生したのは熊本の八代で、続いて大分、愛媛、京都も被災。さらに6年後に熊本のほか愛媛、広島も被災している。5年後とはいえ、東日本大震災の後、熊本が被災するとは思わなかったから、悔しかったのだ。

 同時に、彼は被災史専門でないはず、なぜ震災に入れ込むのかと興味が湧いた。ネットで彼の略歴や著書を調べ、解がありそうな著書、2014年11月発行の中公新書版『天災から日本史を読み直す-先人に学ぶ防災』を見つけた。

 同書は869年の貞観津波から2014年の広島土砂災害まで47件の天災についての彼の研究成果だ。しかし単なる年代順の記述ではなく、読者の興味を煽る章立てで、先人の業績や教訓が被害とともに数多く紹介されている。
 感心するのは、彼の絶えず新情報を求める姿勢である。地方では公立図書館や、古本屋で古文書の探索。新情報と聞けば、業務を終え次第すっ飛んで確認に行く。そして、事もあろうに、南海トラフ地震の確率が高いとされている静岡県に移住。過去の地震に関する古文書をできるだけ多く発見し、来るべき時に備える対策を講じたいためという。すごいとしか言えない。

 彼のご母堂が2歳のとき、徳島で昭和南海津波から難を逃れられたことも彼のこの姿勢とは無関係ではなかろう。
 熊本震災の犠牲者のご冥福を祈りつつ、彼の今後の成果を期待している。

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