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「800字文学館」

ゴッド・ブレッス・ユー

大津 隆文

 傘寿を迎え電車やバスで席を譲られることが多くなった。疲れた時などはそれを期待している自分がいたりする。譲ってもらうと本当にありがたく、心から謝意を表すことにしている。単に「ありがとうございます」だけでなく、善意に応えて幸多かれと祈りたい気持を伝えたいのだが、思い当たる日本語がない。
 四十年以上前にニューヨークで勤務していた頃、通勤に時々地下鉄を使っていた。当時ニューヨーク市は財政的に破綻するなど荒れていて、マンハッタンを南北に縦断する一号線はとくに緊張感を覚えた。ある日の帰宅時、途中駅で老女が乗ってきたが空席はない。思わずどうぞと席を譲ると彼女は微笑んで「May God bless you!」と言ってくれた。この言葉には感激して今も忘れられない。英語の本当のニュアンスはよく分からないが、日本でも席を譲ってくれた人にこんな言葉を返せたらいいのにと思っている。

 日常表現で日頃ひっかかるのは、試験会場やスポーツ大会に向かう人へつい「頑張ってね」と言ってしまうことだ。緊張している本人をますます緊張させているのではないかと思うが、代わる表現が浮かばない。あちらでは「Take it easy!」と言ったりするが、日本語では「リラックス!」という感じだろうか、なかなかいい声かけだ。落ち着いて日頃の実力を発揮しやすくなる一言をかけてあげたいものだ。
 最近は国際大会に臨む若い選手が「思いっきり楽しんできます」などと言っているのを聞くと、テンション(天孫)族と自嘲していた日本人も随分変わってきたなと感ずる。本当にそんな心境になれたら素晴らしいことだと思う。
 もう一つ、英語の表現で気に入っているのは「I miss you!」である。辞書を引くと「いなくて寂しく思う」とある。遠く離れてしまった親しい人への思慕の気持を表すのにぴったりだ。
 寄る年波のせいかあの世へ行ってしまった友人が増え、天国に向かってアイ・ミッス・ユーとつぶやくことが多くなっている。

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