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「800字文学館」

菜園便り

池田 隆

 五月中旬、蓼科高原では日に日に黄緑の濃さを増すカラマツ林の先端から、郭公が鳴き声を響かせている。近くの杜ではコナシ(ズミ) が桜のように白く咲き誇る。遠くの北アルプスは未だ真っ白に輝いているが、八ヶ岳の雪は直ぐにも消滅しそうである。
 田圃が水を湛え始め、周囲の光景が急に生き生きとしてきた。春と初夏が一気にやって来た感じだ。それに釣られ、私の心も逸りだす。今月は連日のように畑へ出掛け、肉体労働と食事と睡眠だけの日々が続いている。広大な耕地の片隅の小さな菜園で、土づくり、マルチ張り、支柱立て、ビニールハウス作りなどを済ませ、今は苗や種の植え付けの最中である。
 すでにトマト、キュウリ、ナス、キャベツ、ピーマン、レタスなどの十数種類を数株ずつ植えた。明日からは根菜類と豆類、トウモロコシと続ける予定である。畑の脇で手引書を片手に、今まで知らなかった多くの知識を仕入れながらの作業は時間を喰う。だが時間や成果、経済性を気にすることもなく、生物の成長をじっくり見守れるのは嬉しい。この齢になって、また新しい楽しいことを経験出来そうである。

 農作を始める前に最も気掛かりだったのは腰痛である。人一倍腰がかたく、前屈動作でも手の指先が床面より数十センチ上までしか届かないのだ。そこで三つの対策を講じた。
 一つ目は土を耕すのに長い柄の三角鍬を多用し、腰を曲げる動作を極力減らすこと。二つ目は幅広のベルトで腰を締めるバックサポートベルトの着用。コルセットのように締付けるのだが、前屈すると手が床面に届くようになる。人間の身体とは不思議なものだ。三つ目はフィールドカート。プラスチック製の風呂椅子に車輪を付けたような代物である。畝間に敷いた防草シートに置いて座ると、植え付けなどでもしゃがむ姿勢がなくなり、膝や腰の痺れがさほど気にならない。
 対策が効いたのか、現在のところ腰痛はない。これからも自分に合ったやり方を探していこう。

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