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「800字文学館」

災害医療

志村 良知

 COVID-19による蟄居で身辺整理をしていたら私の字で細かく書き込みがあるパンフレットが出てきた。震災の2年くらい前にあった、広域災害時の医療体制について横浜市港北区主催で開かれた講演会のものだ。メモの文言を読んでいると、解釈の正しさはともかく、講演を聴きながら受けた衝撃がよみがえってくる。

 トリアージュ・タグが使われるような災害医療は救急医療とは異なる。
 トリアージュとは、助かる命を救うために助けられそうにない命は見捨てるということ。
 子供と老人など弱者を優先する、という考え方は災害時には無い。
 地域医療の中核施設でトリアージュをやってはならない。
 中核施設では付けられたタグに従って治療するのみ。
 中核施設の医療崩壊を防ぐために、トリアージュ・タグを付けてない負傷者を入れてはならない。直接やって来たり、運ばれて来る負傷者は排除する。
 トリアージュは一つの拠点では一人の医者が行い、一度判断したら見直さない。
 異なる医者による見直しも勿論しない。結果に法的責任は問われない。

 これらの内容は、多かれ少なかれ、今年世界のCOVID-19の猖獗地域で起きていたように思える。まず、日本のPCR 検査は、COVID-19として要治療かどうか選別するトリアージュで、医療中核施設を守るためのステップだとするなら妥当といえよう。また、ヨーロッパで高齢の肺炎患者には高度治療を施さず、医療のパワーを若い患者に優先して振り向けたというニュースも災害医療だとすれば理解できる。
 私が住んでいたフランスのアルザスでは一時医療崩壊に直面し、若い患者は救急車仕立てのTGV(高速鉄道)でナントなど西部の病院に運んだが、高齢重症患者は高度治療もできないまま現地に留め置かれたと伝えられた。20年前に知り合った私や家内の友人たちも当然それなりのお歳になっており、メールなどでの消息も無く心配であるが、こちらから問うのも怖くてできないでいる。

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