耐震脱線防止の提案
母は十才の時、関東大地震に遭い隅田川の橋の上から弟と川に一緒に投げ出されたが、幸い船に助けられ、九死に一生を得たと何遍も聞かされた。退職後、戸塚駅のプラットホームで線路を眺めながら電車を待っていて、もし大地震に襲われたら大変なことになる。何か対策がないかと、漠然たる考えで早稲田大学に話を持ち込み、学生、院生と共に検討を始めたのはもう十数年も前だ。
阪神淡路大地震の時、電車が脱線したが、早朝だったので人的被害がなく脱線防止策を考える切っ掛けにはならなかった。実際は脱線、走行が制御不能の状態は発生していたのだ。
鉄道は鉄のレールと車輪を組み合わせた簡単な構造で自動車のような操舵機構を持たないが、直線も曲線も自由自在に走れる。曲線の場合、車輪のレールと接す面に傾斜が付けてあり、レールに沿って車両が軽く傾斜して走れるのがその仕掛けである。大袈裟に言えば、通常でも少し脱線状態に近づき走っている。どのような状態になったら脱線に至るのか、安全率を計算して、脱線発生限界内での走行の運転規則が定められていて、それを順守して走っている。この規則を破って起したのが尼崎事故である。自動車と異なり、操舵で脱線を避けられない。
中越地震の時、上越新幹線が脱線したが、台車に付けてあった排障器が機能して線路域からの暴走はなかった。この現象を基にして逸脱防止のL型ガイドが総ての新幹線に取りつけられた。しかし、地震の前にこの仕掛けに気付かなかったのは鉄道関係者の怠慢と考える。
大学と一緒に始めたこの活動は地震時に通常では考えられない大きな力が横から働くが、車輪がレールへの乗り上がりを起さないように車輪のフランジ(内側に付いている突縁部)の傾斜を垂直にした車輪と等価な作用素を台車に取り付け、地震時に作動させ脱線防止を図る発想である。今回これらの活動をまとめて小冊子を出版した。防災活動に新風が流せればよいと思っている。
稲宮健一他著、「近郊電車の直下地震に対する耐震脱線防止の提案」、アマゾンで表題か、著者名で検索すると、まえがきと目次が読めます。