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「800字文学館」

ただ今ゼロ匹

首藤 静夫

 6月に入った。曇天が続き梅雨が近い。雨の前にもう一度……。  暇に任せて釣りを始めた。多摩川が目の前にあるのに、勿体ない。タナゴやモロコなど小魚釣りの手ほどきを受け、不器用ながら仕掛けも何とかできた。
 3月から始めたが、10回行ってまだゼロ匹だ。春先は水量も少なく、まだ稚魚ゆえ、釣りに慣れるのが主目的だった。梅雨を前にやっと季節がやってきた。
 多摩川は昨秋の大水で、本流の外れに池ができた。誰もいないから、そこで下手を気にせずに自由にやれる。そろそろ、釣果が欲しい。
 釣り始めると、どこかの子供が近寄ってきた。離れたところに母親がよそ見している。
「なに釣ってるの」「みてていい」と可愛い。しかし、気が散る。
「坊や、ママが心配してるよ」「平気だい!」子供は屈託がない。こちらはコロナウィルスも心配だ。
 仕方なく二人で池面と浮子を眺める。何の変化もない。浮子が流れては元のところに戻されるだけ。しばらくして子供は、「つまんない」。挨拶もなく母親のところに戻った。良かった、ゆっくりできるぞ。
 と、浮子の近くに大きな魚が魚雷のように寄ってきた。鯉のようだ。慌てて竿を上げる。あれにやられては、ひとたまりもない。
 よく見ると、鯉の魚影があちこちに。時々、ばしゃっと2匹で水しぶきを上げる。産卵の時期なのだ。これではどうしようもない。3時を回り風も出てきた。しかし、竿を納める決心がつかない。もう1回、もう1回と餌を付け替えては続けた。
 突如、激しい引きと同時に浮子が水中に沈んだ。やられた、鯉だ!
 このままでは竿を折られる。竿を放り出し、釣糸を直接握り、鯉と綱引きになった。じりっ、じりっと引き上げた。ところが、姿を現した奴さんは鯰だった。どうしよう、と迷った瞬間、釣針近くの糸が切られ、大きな鯰は針を飲んで再び水中へ。
 針を喉に引っかけ今頃はのたうち回っているぞ、見たことか! 釣果のゼロ行進が続く。

釣り下手のとんだ大物梅雨鯰   しずを

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