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「800字文学館」

私のおうち劇場 その1
グラインドボーン音楽祭の「後宮からの誘拐」

川口 ひろ子

 コロナ禍により世界のオペラハウスは全て閉鎖となった今年、ニューヨーク、ウィーン、東京、他各地の劇場は、過去の舞台の映像をインターネット経由で提供するストリーミングサービスを始めた。モーツァルト好きの私は、5年前グラインドボーン音楽祭で上演されたドイツ語オペラ「後宮からの誘拐」をユーチューブで鑑賞した。
 スペインの青年貴族ベルモンテが、トルコの後宮に捕らわれの身となっている恋人コンスタンツェを救い出すお話し。ハラハラドキドキいろいろあって晴れて帰国を許され、一同太守セリムの寛容の心を称えてフィナーレとなる。

 開幕だ。舞台は海を臨むトルコの宮殿、軟らかな色彩の舞台装置が上品だ。
 今回のハイライトはなんと言ってもコンタンツェと太守が演ずる第2幕だ。上半身裸、パワハラ全開で強引に愛を迫る権力者太守。「尊敬はするが愛することはできない」と断固としてこれを拒む女奴隷コンスタンツェ。 その強い決意に増々恋心を募らせる太守。彼女は、離れている婚約者への愛は揺るぎない一方、太守の一途さにも魅かれて行く。演ずるソプラノのサリー・マシューズは、どうしようもない心の葛藤を丁寧な演技と渾身の歌唱で表現していた。彩るモーツァルトの音楽は、彼女の心の襞を細やかに描写して、なんと雄弁で艶やかなこと!
 太守の役は通常舞台俳優によって演じられる。 俳優フランク・ソレルは、長年ジムで鍛えたのであろう。「くんずほぐれつ」の濡れ場のシーでは、上腕や胸の辺りの大きく盛り上がった筋肉の上に汗が光る。目玉を剥き息荒く迫る彼の熱演には文句なく魅了された。流石芝居の国イギリスだ。

 昔から応援している若手指揮者ロビン・ティチアーティの活躍もそれを上回る勢いだ。古楽集団「エイジ・オブ・エンライトゥメント」を率いて、極早めのテンポで切れ味鋭く一気にドラマを進行させる。

 私のおうち劇場、 パソコン経由のオペラ鑑賞は画質、音質共に満点とは言えないが、それなりに楽しんだ。

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