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「800字文学館」

朝鮮戦争と南北統一

児玉 寛嗣

 終戦直後、朝鮮半島には北側からソ連軍、南側から米軍が入り、各々の支配域の境界となった北緯38度線を暫定的国境としていた状況にあった。北朝鮮軍が38度線を越えて韓国に侵攻したのは70年前の6月25日の事だった。
 北朝鮮の金日成は太平洋戦争中、抗日運動、祖国独立運動に奔走し、満洲に渡り共産党の地下組織に参加、ゲリラ活動を展開していた。ソ連にも行き軍による軍事訓練も受けたこともある。

 米国国務長官の「米国の防衛線はアリューシャン列島、日本、沖縄、フィリッピンまで」という1950年年頭の不用意な発言で「韓国に侵攻しても米国は黙認する」と金日成は判断を下したようだ。
 また、「韓国国民は進軍してきた北朝鮮軍を歓迎し、南北統一が達成出来る」との目論見があった。
 スターリンは戦車や武器などを提供したが、全面戦争になることを避けるため軍の派遣は承諾せず、金日成は援軍を中国に頼ることとなった。
 北朝鮮軍の侵攻に対抗する韓国の軍備は乏しく、米国の駐留軍も申し訳程度のものに過ぎなかったため易々と進軍を許し、釜山近くまで一気に攻め込まれた。
 米国はこの電撃的な侵攻に大きなショックを受けた。北朝鮮を使ってソ連が行ったと受け取り、これを許せば日本もソ連の脅威に曝されると考えた。米軍は国連軍の一員として応戦、仁川上陸作戦で北鮮の兵站を断って巻き返しを図った。その後一進一退の末、休戦となったが、未だに終戦には至ってない。

 当時、韓国の大統領は李承晩だった。日韓併合下で祖国を追われていたが、朝鮮独立運動の急先鋒のひとりだった。金日成と同様に南北統一が悲願だった。戦争勃発時、北側の怒涛の攻めに対して「なぜ韓国に軍事支援をしてこなかったのか」という非難の声が米国の国内に上っていたが、政府高官から「李承晩に武器を渡していたら南北統一を目指して北朝鮮に侵攻し、世界戦争に発展する可能性があった」と反論があった。

 南北統一の達成は両国の切なる願いだ。

参考資料 COLDEST WAR (DAVID HALBERSTEM著)

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