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「800字文学館」

浜辺の友 6 無料の電話

大平 忠

 Dさんとの最初の出会いは、丁度年4前の5月だった。それ以後、2週か10日かに1回のペースで会っている。昨年は数えてみると31回会っていた。イオンの休憩室で1杯100円のコーヒーを2杯飲むから、1年間で6200円飲んだことになる。
 今年は、鎌倉の「何でも書こう会」の合宿から帰って、Dさんに土産を渡したのが、2月17日。以来会っていない。4ヶ月近く顔を見ていないことになる。コロナ騒ぎのせいだ。
 ところがDさんは、お互いの携帯がauであり、これだと電話代が無料だから、会えないところは電話でカバーしようと言い出された。
 2日に1回は、どちらからともなく電話をかけ、話をするようになった。家内の娘との長電話と比べれば、甚だ短い。
 例えば、こんな電話があった。
「今度、池井戸潤原作の『下町のロケット』のドラマをテレビでやります。池井戸潤も半沢直樹も知らないと大平さんは言ってましたね。是非観ることをお勧めします」
 早速観た。いやあ、面白かった。次のやはりお勧め池井戸潤原作のラグビードラマ「ノーサイド」もやたらに面白い。最終第4夜は5日先の24日の放映だ。
 昨日は、Dさんから午前中にかかってきた。
「今日の午後、NHKのBS1は、映画『飢餓海峡』です。昭和40年に、この映画を横浜伊勢崎町で観ました。忘れられない映画です。その頃伊勢崎町に映画館は3軒あって、映画華やかなりし時代でしたね」
 これでは、観ざるを得ない。3時間惹きつけられた。見終わって今度はこちらから電話をした。
「原作の水上勉と内田監督は、敗戦直後の飢餓の記憶をもう一度焼き付けようとしたのですね。三国連太郎、左幸子は、渾身の名演技でした」
 とまあ、このような電話の交換をしているのである。
 Dさんは来月11日、91才になられる。記憶力は健在、好奇心も旺盛である。浜辺の友と言ってきたが、どうも友以上の存在だ。見倣うべき大先輩であり師という方が相応しいようである。

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