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「800字文学館」

自然に帰ろう

大森 海太

 その昔、南アのヨハネスブルグで2~3回ゴルフをしたことがある。
 彼の地は標高1700メートルの高地で、空気が希薄なため飛距離が出ますよと言われたものの、実感できるほどの腕前ではなかった。それはともかくビックリしたのは地元の黒人キャディーたちで、なにしろ視力が5,0から6,0くらいあるそうだ。200ヤードたらずの私のショットなど、ラフだろうとOBだろうと見失うことはありえない。
 話によるとそのあたりは少し前までライオンなどの猛獣が住んでいて、彼らの祖先は2キロ先の僅かな草の動きでその動静を察知したのだという。それが出来なかった人たちはライオンの餌食となり、生き残ったのは抜群の視力を持った家系の人たちだけ、まさに適者生存ということらしい。

 そう考えてみると、太古の人間は多くの犠牲を払いながら、危険がいっぱいのなかを生き抜いてきた。やがて文明が生まれ文字が発明され、様々な工夫がされていく中で、自然の脅威は少しづつ遠のき、逆にその分だけ人間はひよわになっていった。いまどきどんな目のいい人でも2,0がせいいっぱいだろうし、パソコンやスマホのせいで現代人の視力はさらに低下傾向にあるという。交通機関が発達したため人は歩くことが少なくなり、身体を使って働く必要が少なくなったことで運動不足に陥り、これを解消するためにいろいろな施設が考えられている。

 でもね、エアコンの効いたスポーツジムで、耳にイヤフォンをあてて音楽を聴きながら筋トレしたって、なんだかサイボーグみたいで、自然環境の変化に対応できるような人間になるとは思えない。山登りのことはよく知らないけど、最新鋭のテクノロジーを駆使した登山隊の装備などをテレビで見ていると、なんだか人がかすんで見えるような気がする。
 そんなことするよりも、なにもかも捨てて素足になって、風の音を聴き土のにおいを嗅ぎ、五感を澄ませて野山を歩くのが(もし可能であれば)一番じゃないかと思うんですがね。

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