作品の閲覧

「800字文学館」

一昔前にはこんな事が!

内藤 真理子

 私がまだ五十代の頃のことです。
「便利グッズの実演をしています」と、駅前の貸店舗でチラシをくばっていた。それを見て何人もの人が入って行く。
 面白そう。銀行の窓口に用があったのだが三時までにはまだ時間がある。ちょっとだけ覗いてみよう。
 店は教室位の広さで、正面に机があり、折り畳みの椅子が三四十脚並んでいる。大体埋まったら、入り口が閉められた。
 見わたすと暇そうな女性ばかり。平日の昼間なのだ。司会の男性が軽い調子で「みなさん感じがいい方ばかりですね、杉並区は美しい人ばっかりだ」と、話し始めた。入り口にくたびれた黒の背広姿の店員らしい人が入って来た。よく見るとヤクザみたいだ。
 満員の会場から出口に近い人が二三人席を立って帰って行った。
 司会者が計量カップを手にして
「ほら見てください。こんなに小さいのに、漏斗、卵黄と卵白を分ける器具、檸檬絞り、おろし器が全部コンパクトにカップに収まっています。便利ですよ、皆様手に取ってご覧下さい」と、全員に配った。一緒にビニール袋が渡され、「袋に入れてお持ち帰り下さい。今日来てよかったでしょう、はいぱちぱちぱち」
と言いながら、手をたたくように促した。拍手をためらっていたら黒背広が周りを歩き回り睨みつけたので手をたたいた。たたかない何人かが席を立った。司会者は出て行く人を鋭い目で追って戸が閉まった途端、
「便利なものを貰っといて人の話は聞きたくないって? え!」
と、どすの利いた声で罵る。
 一瞬にして部屋中に恐怖が走った。司会者は金縛り状態の人達を一睨みしてから、ガラッと態度を和らげて、又品物を配る。拍手を強制する。物をくれる。
 くれるだけで終わる筈がない。だが立つのが怖い。
 あっ! 銀行が閉まっちゃう! 私は、おっかない黒背広の刺すような視線に耐えて脱出した。
 後で聞いたら、何人もの人が百万円の羽根布団を、その場でローンを組まされ買わされたそうだ。買わなかった知人は夜九時過ぎまで脅され続けたという。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧