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「800字文学館」

ピルゼンでの芽生え

池田 隆

 山荘暮らしのご近所同士では新型コロナウイルスの軛もどこ吹く風、互いに招いたり招かれたりして、食事を楽しんでいる。先日西ドイツ駐在が長かったOさん夫妻に新鮮なホワイト・アスパラガスを軽く茹でた料理をご馳走になった。白ワインによく合い、シャッキとした歯ざわりに加え、ご主人手作りのマヨネーズをつけると薄甘い優しい香りが口の中に広がる。初夏の時季ドイツでは街をあげてホワイト・アスパラガスを楽しむ風習があるとのこと。
 返礼に私の得意料理、アイスバインのポトフを作りお招きした。豚の前足の塩漬けを長時間かけて水で煮るドイツ料理である。えも言われぬ味の柔らかな肉とスープに仕上がる。日本では珍しく、たいへん喜んで頂いた。
 食事中の話題がドイツ料理から1970年代に偶々両者が訪れていた隣国の首都プラハに移り、私の古い記憶が蘇る。チェッコには数年おいて約一週間ずつ二回訪れたことがある。いずれも専門分野のタービン技術に関する国際会議への出席が目的であった。
 初回は「プラハの春」弾圧からの月日も浅く、飛行機を降りて乗るまで先方手配の車とスタッフが付き、気ままな行動はとても無理。東京五輪の華だったチャスラフスカ選手を話題にしても、彼らは眉を顰めていた。
 それに懲り二回目は到着便を敢えて知らせずに出かけた。開催地はプラハから列車で二時間ほどのピルゼン市にあるSkoda社の工場。英語も独逸語も街や駅では通じなかったが、何とか独りでも辿り着く。一企業主催の会議だが、欧米各国やソ連から著名なタービン技術者や研究者が大勢参加し、前回とは異なり和気あいあいとした雰囲気であった。隣のビール工場のレストランで催された晩餐会では、国家や企業の厳しい垣根を越え、同じ分野の技術者同士の友情と一体感に皆が酔い、肩を抱き合い大声で歌う。翌日は街に三々五々くり出して、一緒に買い物やオペラにも興じた。
 今思うと、その後の冷戦終結やEU結成の気運が草の根から芽生えていたのだ。

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