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「800字文学館」

つゆ草

池松 孝子

 それにしても「つゆ草」とはなんとも愛らしい名前である。朝、咲いた花が昼にはもう萎むことから朝露を連想させるいわゆる一日花で、朝顔などもその仲間である。
 梅雨のこの時期、朝のウオーキングの道端は雑草が賑やか。一日一日と緑も濃くなり、草の背丈もぐんぐん伸びる。毎朝の成長が楽しい。その中に、青い蝶々が羽を広げたように立っているつゆ草、ちょっと背を低くして横から見ると、青い花びらは朝日を透かして輝いている。

 ある朝、分かっていたのだが、堪らなくなってつゆ草を一本失敬して帰宅した。すぐにガラスのコップに挿して喜んでいた。しばらく雑用を片づけて花に目をやると、なんとしょんぼり。見る影もない。「花は野にあれ」をしっかり実感させられた。

 つゆ草は古くから日本人に親しまれてきた花で着き草、月草としてすでに「万葉集」にも詠まれている。

朝(あした)咲き夕(ゆうべ)は消(け)ぬる月草の消(け)ぬべき恋も
吾(われ)はするかも       (巻 10 2291)

 分かりやすく、つゆ草を「我が恋」と重ねて美しく詠む。万葉人もすでに野の花を儚さ、移ろいやすさの象徴として、感傷的に詠みあげる感性を備えていたのだ。

 つゆ草の青い色素は、水に浸すと跡形もなく消えてしまうことから、古くから友禅染など布に文様を描いて染める際の下書き用の染料として使われてきた。つゆ草の栽培変種のおおぼうし花は、色も鮮やかで水溶性が高く最適だという。都に近かったからか、古くから滋賀県琵琶湖周辺、特に草津の名産である。
 早朝から炎天下で一枚一枚花びらを摘む。その汁を刷毛で和紙に染み込ませ、乾かす、また塗る、この作業を六十回以上も繰り返す。こうした苦労から「地獄花」ともいうそうだ。
 貴重な青色染料として、友禅染の下絵のみならず、浮世絵の青にも、また行燈、団扇の張り紙の下地の着色にも使われていた。その後、安価なプルシアンブルーが出回るまでのことだが。

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