作品の閲覧

「800字文学館」

李登輝元総統の逝去

大平 忠

 昨夜、李登輝元総統が逝去されたとのニュースが入った。いずれはと覚悟していたものの、やはり、巨星墜つの感がした。

 私の本棚に李登輝の本が二冊ある。一九九九年発行「台湾の主張」と、二〇〇三年発行「武士道解題 ノーブレス・オブリージュとは」である。一九九九年は、総統を引退する前の超多忙な時代である。李登輝はいわば政治的遺言のつもりで「台湾の主張」を書いたのではないかと思う。
 この本を読んで、すっかり李登輝さんに惚れ込んでしまった。
 彼は、京都帝大農学部時代に、その後の人格の骨格を作り上げたようだ。日本と中国の思想、マルクス主義、キリスト教と、思想を遍歴した。
 戦後台湾に帰り、農業経済を学ぶためにアメリカでアイオワ州立大学・コーネル大学で学ぶ。この時、アメリカの良さと限界も学んでいる。資本主義が強すぎて経済が政治をコントロールする危険があること、人種的マイノリティも解決できていないこと、まさしく今に通じる問題を肝に命じている。そして、民主主義が時間のかかる「回り道」であるが、それに恐れず着実に解決して行くべきであることも。この時、政治的思想の土台が築かれた李登輝が生まれたのである。
 政治家は、李登輝のように思想と取り組み歴史と現実世界を自らの目で見て自らの頭で考えて、まず自分自身の土台を作り上げる。それから、現実政治に入って現実問題に取り組んで行くのが正道なのであろう。

 彼は、台湾という政治的台風が絶えず吹いている地域にいた。理想と現実の狭間で、通常は半歩前進の現実的政治に努め、いざという時には一歩二歩踏み出す政治、それを行って来たのだった。一九九六年、総統の国民による直接選挙を初めて行った時、中国は、台湾海峡に向けてミサイル発射実験を行い、アメリカは、空母二隻を派遣した。
 今も、南シナ海では、中国の脅威に対しアメリカは空母二隻を派遣している。
 天国で李登輝さんは、じっと南の海を見詰めているのではないだろうか。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧