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「800字文学館」

百日紅

塚田 實

 向いの中学校の校庭に、今年もサルスベリがピンク色の花を咲かせた。毎年梅雨が終りかけ、暑さが増してくると、街のあちこちでサルスベリが咲き始める。花を見ると、何十年も前の8月半ばに、がんのため59歳で早世した家内の母のことを思い出す。亡くなって大阪郊外の家に戻ったとき、庭には蝉の鳴き声が響き渡り、サルスベリが今を盛りに咲いていた。

 家の周りを歩くと、サルスベリの木は意外に多く、花にも色んな種類があることに気付く。深紅の花もあれば、薄い赤、藤色、真っ白もある。木の大きさも様々で、大きく育って枝を庭一杯に伸ばしているところもある。

 サルスベリで一番印象的なのは、私が勤めていたH社迎賓館の庭にある樹だろう。H社は創業八十周年記念事業として、白山通りに近い小石川に迎賓館を建設した。バブル経済真っ只中だったから計画できたのだろう。最高裁判所の設計で有名な岡田新一氏に設計を依頼して建てた。ここの庭に大きなサルスベリの樹がある。高さ10メートルはあったし、枝の端から端まで幅約15メートルはあったと思う。この樹に真っ赤な花を一杯つける。
 ここに外国人の顧客を案内することも多かった。当然サルスベリの樹を見て、その美しさを誉めるが、「何という樹?」と聞かれる。木肌を見せて、「猿も滑る樹”Monkey Slipping Tree”」と言っても、「木肌はそうだね」と次の説明を待っている。英語の辞書で「サルスベリ」を引くと”Crape Myrtle”や”Indian Lilac”とでてくる。中国やインド原産で日本には元禄年間に入ってきたという説もある。英語名を聞いても客はぴんと来ないようだ。そこでサルスベリの漢字「百日紅」をそのまま直訳して、”One Hundred Days in Red”というと、「そんなに長い間咲いているの」と、花を眺めながら目を輝かせて、妙に納得してくれたように見えた。

 家内は毎年お盆を兼ねて大阪に墓参りに出かけていたが、コロナの影響で今年は帰れそうにない。サルスベリはコロナとは関係なく夏の街に彩りを添えている。

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