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「800字文学館」

ユートピアで朝食を

新田 由紀子

 戸外での飲食がおいしいのはなぜだろう。
 レストランやカフェならテラス席、ビアガーデン、バーベキュー、ピクニックや花見、野外フードイベント、ハイキングの弁当もしかり。屋外で食べると食べなれたものもひと味違う。
 コロナ自粛で外食の機会が減った。朝昼晩の三食をガサゴソ調理してキッチンで食べていると、食欲はあるもののメリハリがなくどうも気分がのらない。朝のパン、昼の麺、夜のお酒もつまみも、一つながりにのっぺりしてくる。そんなある日、五月の陽光に誘われて公園で朝食をとってみた。
 石神井川沿いに東へ歩くと、住宅の間にぽっかりといくつかの屋敷林が残っている。神社や寺の森などのこま切れの緑を辿っていくと、川が大きく曲がったあたりに広大な城北中央公園がある。古代住居跡の栗原遺跡や旧石器の茂呂遺跡が木立に包まれている。遺跡の森を囲むように流れる川を渡り返すと、さらに小高い茂呂山公園の森だ。おりしもゴールデンウィークをもじったステイホーム週間とかで、行楽に行けない家族連れやトレーニング姿の老いも若きも、林間の小径を行ったり来たり。さんざめく人の様子に、こちらまでうきうきしてくる。ベンチに座って途中のコンビニで買ったコーヒーとパンを広げる。きらめく陽の光、頬と髪にそよぐ風、清々しい大気の中で飲むコーヒーがのどに染みる。
 何日かすると、コンビニ食にはさすがに飽きてきた。家でポットにコーヒーを淹れ、黒パンに野菜とチーズを挟み、卵をゆで、果物やヨーグルトも持っていくようにした。公園のベンチを一人で陣取るのは気が引けるので、格好の大きな切り株に座って食べる。身体中の細胞にすっとしみる朝食だ。
 茂呂山公園には地面をうっすらと苔が覆っている一画があって、桜や楓、クヌギの老木が美しい姿で生えている。珍しい野鳥が巣を作っているという。木漏れ日の樹林をオナガやハトが啼き交わしながら飛び交う様はさながらユートピアのようだ。

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