作品の閲覧

「800字文学館」

ボルダリング

大森 海太

 半年前、コロナが蔓延するまでは、今思えばずいぶん多忙な日々を送っていた。
 ペンクラブをはじめゴルフの会に囲碁の会、その他各種飲み会、ウォーキングの会や早稲田の公開講座等々、ダブルヘッダーも少なくはなかった。
 それが突然に全部とりやめになり、一時は緩和の兆しもあったが、その後また感染者増加で自宅籠城が続いている。

 朝起きてストレッチ体操のあと朝食(玄米粥)の支度にかかる。後片付けが済んだら庭の水やり、それが終わると昼飯とそのあとのまどろみ以外には、夜までとくにすることがない。合間をみてライフワークの『世界史ノート(改訂版)』の書きなおしにかかる。なかなか先に進まないが、時間はいくらでもあるので急ぐことはない。
 毎日の散歩は猛暑のため夕方に変更。息子の家までまっすぐ行けば十二、三分のところを、遠回りして一時間かけて歩き、みんなで夕食。孫たちの騒ぎをながめながら晩酌を傾け、家に帰ってひとふろ浴びて寝酒を飲んでバタンキュー。

 昨日も今日もまた明日も、同じことの繰り返し。いやになるほどの単調な生活に浸りきっているうちに、なぜか妙に安らいでいることに気がついた。どうせあと十年かそこらだろう。それならこうしてのんびりと残りの人生を過ごすのも悪くはないか。そう考えると、今さら昔の生活に戻るのがなんだか煩わしいようにも思えてきた。

 そんな或る月曜日、孫の姉妹が興奮している。日曜日、初めてボルダリングに行ったら、ものすごーく楽しかった。来週も行きたーい。
 息子のスマホ(動画)を見せてもらうと、垂直の壁にいろんな突起があって、小さな体を目いっぱい使い懸命によじ登っている。いいねえ、子どもたちは。日々新しいことに出会い、挑戦し成長していく。イヤ若いってことは素晴らしい。
 そうだ、人生は出会いだ。新しいことの発見だ。爺さんだってボルダリングは無理かもしれないが、まだまだ未知の世界が待っているのだ、などと思いなおしてみた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧