作品の閲覧

「800字文学館」

「草木国土悉皆成仏」と「山川草木悉皆成仏」

斉藤 征雄

 四年前、本欄に「草木国土悉皆成仏と天台本覚思想」というエッセイを投稿した。本欄の外部からのアクセス数については毎月HPの管理会社から報告されるが、このエッセイは最初それほどではなかったものの、そのうち平均して毎月300件を超えるアクセスが見られるようになって今でもそこそこ続いている。
 たいした内容ではないのに、どうしてそれほど関心を持ってもらえるのか私にもわからないが、察するに「草木国土悉皆成仏」という言葉が日本人の心情にマッチしていることがその理由のように思える。

 この言葉は、1986年1月の中曽根首相の施政方針演説でも使われたことが知られている。その要旨は、「仏教思想におけるこの言葉は、東洋哲学の神髄である。日本人は長い歴史の中で、生きとし生けるものが共存するという生き方を育んできた。この思想を、国際社会の中で人類の平和と各民族が共存する基礎原理にすべきである」というものであった。まことにもっともな内容である。
 しかしこの演説で実際に使われた言葉は、「草木国土悉皆成仏」ではなく「山川草木悉皆成仏」という言葉だったのである。どちらも似たような意味なので施政方針演説に問題はなかったが、仏教学者の間では話題になったらしい。仏教的には「山川草木・・」という言葉は仏典に典拠がなく、「草木国土・・」が正しい。しかるに最近「山川草木・・」という言い方がしばしば使われる。いったい「山川草木・・」という言い方は誰が間違えて使ったのか。学者の間では、どうも梅原猛あたりがあやしいと噂されたそうな。
 私はこの話を、某カルチャー講座で仏教学の権威の先生から聞いたのであるが、梅原猛ならさもありなんと妙に納得したものである。

 その直後当クラブの同人誌『悠遊』で、Mさんが日本文化を語る中で「山川草木悉皆成仏」を使ったので、ここぞとばかり私は聞いたばかりのこの話をひとくさり解説したが、Mさんにとってはどーでもよい話のようであった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧