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「800字文学館」

パエデリア・スカンデンス

志村 良知

 本棚の古い植物図鑑を繰っていて野草の命名の妙に魅せられてしまった。しかし、中には何だこれは、と絶句するような、凄いあるいは可哀そうな名前の植物がある。
 歳時記にもあるイヌノフグリ。一般に道端で青く可憐に咲いているのは、より花が大きなオオイヌノフグリであるらしい。フグリは大きくなるが、イヌノハナヒゲという植物は、コイヌノハナヒゲ、イトイヌノハナノヒゲとだんだん小さくなっていく。しかし犬にヒゲはぴんとこない。ヒゲなら猫だろうと思うが、ネコにはヒゲはなくネコノチチ、ネコノシタとなる。
 ネコノシタは葉に剛毛があり、ざらざらしているからだというが、葉に毛や棘がある草で凄味があるのはママコノシリヌグイ、ママコナ。ともに葉に棘それも硬い逆棘がある。福祉施設も無かった昔は継子も多く、虐められたのであろう。剛毛のある葉でもアキノウナギツカミなどは心乱されず長閑でさえある。これがドジョウであると、ドジョウツナギと獲物を目刺のように刺していくすべすべで丈夫な茎の草になる、鰻と泥鰌のサイズや価値を表していて面白い。

 庭木に絡まり、ひどい臭いで抵抗するヘクソカズラはパエデリア・スカンデンス、「よじ登る臭いもの」という意味の絶妙な学名を持っている。クソニンジンというさらに衝撃的な名前の草は、ニンジンとは関係ないキク科の植物でマラリアの治療薬を含む薬草である。
 ハイジの友達と同じ名のクララは藪などにある丈の高い草で、根を煎じて駆虫剤として使われていた。飲むと頭がくらくらしたという。ハシリドコロは誤って食べるとそのあたりを走り回るくらい苦しいというナス科の毒草である。バアソブ、一瞬何語なのか何のことかわからないが、婆さんのそばかすという意味のキキョウ科の植物で仲間にジイソブがある。

 格調高い名前なら、コンショウクラマゴケ、ラショウモンカズラ。漢字で書くと紺青鞍馬苔、羅生門葛となり、正四位昇殿を許されそうである。

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