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「800字文学館」

新潮社 『日本少国民文庫』

大平 忠

 先日、ネットで珍しい古本を見つけた。昭和十年から十二年にかけて新潮社から出された『日本少国民文庫』である。全十六巻のうち十五巻が揃っている。価格も思ったより安い。この数ヶ月飲み代も使っていない。思い切って注文した。

 この『日本少国民文庫』のうち五冊は、私が生まれる前から家にあった。「心に太陽を持て」「日本名作選」「世界名作選一」「スポーツと冒険物語」「君たちはどう生きるか」である。母が兄二人のために買ったものだった。母は山本有三の小説が好きだったので自分も読んで見たかったのかもしれない。
 この文庫は、山本有三が自分の子供に読ませるいい本がないということから、企画を新潮社に持ち込み、自ら中心となって編集したという。これらの五冊は素晴らしい本だった。いずれの本も、ヒューマニズムがにじみ出て、少年に夢と勇気を持たせる物語・実話が集められていた。

 山本有三が編集の仲間として集めた二十代から三十代の若い人たちも良かったのだろう。石井桃子、吉田甲太郎、吉野源三郎、大木直太郎の四人はそれぞれ戦後活躍した。
 時代は、そろそろ軍国主義の気配が漂い始めた頃であるが、戦意高揚を感じさせる作品は見当たらない。今思うと新潮社も度胸があった。昭和十二年に支那事変が始まった。それからでは、この文庫も出版は難しかったと思う。
 表紙は恩地孝四郎、背表紙は布を使い、子供向けの本としては立派である。定価一円は、現在に換算すると約二千五百円、かなり高価な本だった。

 美智子上皇后が、疎開時代に「世界名作選一、二」を読まれて感動された話が流布され復刊となった。数年前には、「君たちはどう生きるか」が漫画となってベストセラーになった。原作の作者吉野源三郎は、戦後岩波書店で『岩波少年文庫』を創設し、私の子供達はこれらを読んで育った。

 もうすぐ『日本少国民文庫』十五巻が新潟の本屋から手元に届く。少年の気持に戻って、この秋は八十五年前の本に取り組もうと思う。

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