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「800字文学館」

山旅追想―北の海に浮かぶ利尻山(2001年9月)

大月 和彦

 朝3時、鴛泊漁港から宿の主人に車で登山口まで送ってもらう。漁師の主人はこの後4時解禁のウニ漁に出漁するという。
 登山口のトイレに置いてあった紙製の携帯トイレをザックに入れる。この山では自分の大便は持ち帰ることになっている。
 遊歩道を10分ばかり、名水百選の「甘露泉水」がある。エゾマツとトドマツ林のなだらかな登りの後ジグザグの急な坂道になり、ダケカンバの林になる。展望が開け、利尻島の北部が眼下に広がる。海に突き出た防波堤、鴛泊の街並み、礼文島の島影、油を流したような穏やかな海。
 単調な登りに足元だけを見てひたすら歩く。6合目の見晴らし台。ここが森林限界、低木にかわる。道端にはオレンジ色のユリのようなイチリンソウ、エゾカンゾウ。7合目の標識に「標高940m、頂上まで2650m」とある。大きな歌碑があった。ここからの景色を詠んだものらしいが判読できない、裏面に「昭和8年北海道長官S」とあった。
 岩ばかりの道になり、高度がぐんぐん上がる。立ち止まって呼吸を整える回数が増える。ちょっとした広場に着く。ここから山頂方向の景色がすごい。すぐ目の前の草に覆われた小さなピークが長官山。歌碑のS長官がここまで登ったのにちなんでつけられたという。
 その先に続く岩の痩せ尾根、さらに三角錐の山頂が切り立っている。山頂から左に流れるカール状の草原はお花畑。8合目のピークの下方に建つ避難小屋の前に円錐形のテントが2張り、携帯トイレを使うためのもの。
 頂上への尾根の右側は切れ込んだ断崖で赤茶けた溶岩のかたまり。途中に火口がぽっかりと口を開けている。ザクザクする火山灰と浮石のため歩きにくい。崩壊が進むガレ場をロープにつかまって登る。
 歩き始めて5時間、山頂に這い上がる。狭い平地に祠、標識と1等三角点(1718・7m9があった。数人のグループが「○〇君百名山完登記念」と大書した紙を掲げ歓声をあげていた。

 花と景色を楽しみながらゆっくりと下る。9合目の火山礫地に一株の薄黄色のリシリヒナゲシを見つける。

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