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「800字文学館」

柿とエチレン

大森 海太 

 世間ではコロナだなんだと言ううちに、いつのまにか秋が来て、スーパーの店先に柿がならぶようになった。人それぞれに好みがあろうが、私は固いのはダメ、じゅくじゅくに熟した柿のヘタをナイフで切り取って、先がギザギザのスプーンですくって食べるのが大好きである。ところが売っている柿は必ずしも熟してないので、そんなときはリンゴと同じ袋に入れておくと、アラ不思議、3~4日でぐずぐずに熟れてくる。リンゴの発するエチレンガスに果物を熟成させる働きがあるのだそうだ。

 エチレンと言えば、ポリエチレンや塩ビなど石油化学製品の基礎原料で、プロピレン、ブタジエン、ベンゼンなどを副生する。私は会社に入ってかなりの期間、この関連の担当であった。
 最初に岡山県の水島工場のエチレンプラントで実習。当時は高いところも平気だったので、オペレーターの目を盗んで数十メートルの蒸留塔に上ったりしたものである。その後業務課に配属されて、エチレン担当。その当時-104℃の液化エチレン船の初出荷に立合ったところ、船員がヒシャクで配管に残ったエチレンを汲み取っているのを見てビックリした。
 3年後、本社に転勤なっても担当はエチレンまわりで、28才のときブタジエンの輸出でアメリカに初めての海外出張、3年後にこんどはエチレンの輸出でオーストラリア出張を経験した。
 その後も水島コンビナートを中心とするユーザーとの折衝や、同業各社との業界活動に長く携わり、会社を辞めてもう10年以上経つのに、いまだにそのころの業界仲間との付き合いが続いている。

石油化学工業は私の若いころは一種の花形産業であったが、産油国や新興諸国におされて往時の勢いはない。それでも現在日本全体で年間600万トン強のエチレンが生産されているようだ。
 リンゴから出るごく微量のエチレンで熟れ熟れになった柿の実をほじくっているうちに、ふと昔のことが頭に浮かんだので、ちょっと書きしるしてみた。

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