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「800字文学館」

『戦争の悲しみ』を読んで(「何でも読もう会」余滴)

斉藤 征雄

 アメリカが北ベトナムへの「北爆」を開始したのは1965年2月、これ以降ベトナム戦争は一気にエスカレートする。
 学生だった私は、海外の出来事ではあるが初めて生の戦争をニュースで聞き、現地の写真を見て、戦争というものを実感した。そして米軍の圧倒的な武力が、兵士のみならず子供を含めた民間人までをも殺戮する姿をみて、激しい憤りを感じたことを思い出す。
 当時日本の若者にも、ベトナム戦争は重くのしかかった。

 ベトナム戦争は1975年サイゴンが陥落し終結するが、その後ベトナムは第三次インドシナ戦争(対カンボジア、中国)を経て1989年に国際社会へ復帰、共産党独裁政権ながら市場経済化路線(ドイモイ政策)に転換した。
『戦争の悲しみ』は、ドイモイの影響が文芸作品にまで及んだ結果と言われ、北の人民軍兵士として戦った主人公の戦争体験と恋人との悲劇的な恋愛の物語である。戦争体験は、作者バオ・ニン自身の体験でもある。
 作者は次のように言っている。
「戦争は殺戮と破壊です。私たちベトナム人はそれを外敵によって強いられたのです。だから戦後の世界に希望をつないで、その希望ゆえに命がけで戦った。ですが、殺戮と破壊は深刻な傷を残しました。本気で戦った者たちには、戦いが果てたあとも安らぎはなかった」
 作者はこの小説で、ベトナム戦争の実態を赤裸々に描くことで、祖国を守る戦いとは何だったのかということを、我々に重く問いかけている、と私は思った。

 しかし作者は続ける。
「だからといって、この小説を反戦小説の一種とは思わないでください。私は戦争がむき出しにした、人間本来の悲劇性を描いたつもりです。だから『戦争の悲しみ』です。
 もちろん私は、戦争は二度と嫌だと思っています。これはあの戦争を体験したベトナム人全部の思いでしょうね」

 ベトナム戦争から約50年が過ぎた今日、日本の新しい首相が最初の外国訪問先にベトナムを選ぶほど、国際社会は大きく変化したことに改めて驚くのである。

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