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「800字文学館」

チャンスをつかめ

川口 ひろ子

 今年前半は、コロナ禍の為海外演奏家の入国が出来ず、予定していた多くの音楽会は中止となった。蔓延終息の兆しの見えた秋からは、その代替えとして僅かではあるが国内若手を起用した公演が行われている。

 先ずは、9月6日モーツァルト室内楽の夕べ。出演はヴァイオリンの成田達輝(28歳)と同世代のヴィオラ、チェロ奏者により急遽結成された弦楽トリオ。共に国内外の音楽コンクール上位入賞の実力を持つ元気の良い演奏家たちだ。今回はこのスタイルでと意見が一致したのだろう、上体を前後左右に激しく揺すり、足を踏み鳴らしての熱演、まるでロック歌手のような乗りだ。激しい動きにも拘わらず演奏に乱れがないのは基礎がしっかり身についているからであろう。とにかく精鋭3人の演奏レヴェルの高さに仰天、今年前半の欲求不満を吹き飛ばしてくれる大変充実した舞台であった。

 続いて10月28日モーツァルト室内楽の第2弾を聴く。こちらは9月よりも若干年嵩の3人の日本人女性で、ドイツを拠点に欧州で活躍する弦楽トリオだ。前回の興奮がさめやらぬ私は「ヨーロッパの最前線はいかなるもの」と期待したが見事外れた。直立不動のスタイルから生まれる繊細な響きを追って、緻密なアンサンブルが絡み合い、こちらも完成度の高い演奏だ。私の周囲にもこの様なオーソドックスな「室内楽」を熱愛するモーツァルティアンは多いが、私は同意できない。この日の演奏に関しては「ルーティンワークを難なく熟しました」と言わんばかりの表情の乏しい演奏には退屈させられた。

 嘗てペスト禍の後にルネッサンスが開花したように、今回のコロナ禍を契機に新しい社会が出現するであろうと各メディアは報じている。クラシック音楽界も保守に固まらず、思い切って重い扉を押してほしい。外来演奏家の代替え演奏会で大冒険が成功した今年の様に、そこには若い精鋭たちが自在に飛躍出来る別世界が広がっている、と私は確信している。

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