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「800字文学館」

Bond, My name is James Bond.

志村 良知

 007映画の第一作「007は殺しの番号」が田舎町の映画館に掛かったのは高校1年の春、ビートルズの登場と同じころだった。それ以前から007シリーズ原作のファンだった同級生がいて、クラスで原作本を読むのが流行った。
 007ジェームズ・ボンドは英国情報局MI6のスパイで、二つ重なった0は任務中人を殺すことを国家が許す殺人許可証である、という設定はちょっと格好良かった。

 ボンドを演じたのはショーン・コネリーという獰猛な顔つきの俳優。スコットランドの下層階級出身で、禄に教育も受けておらず、強いスコットランド訛りがあった。幼児期は外国で暮し、両親の事故で孤児になったが金持の叔母に育てられ、パブリックスクール卒業後海軍情報部、今は退役海軍中佐という原作のボンドの設定とはかけ離れていた。しかし、俳優コネリーは、ボンドをスコットランド出身に設定を変えさせて演じた。
 映画は大当たり、連続5作でボンドを演じ、一旦は降りたが乞われて更に2作、計7作に出演した。この中には日本が舞台の「007は二度死ぬ」、ファンの間では原作も映画も最高傑作という評価の「ロシアから愛をこめて」がある。

 彼はナイトに叙せられた時、女王陛下の騎士叙任の剣をキルトの正装で受けた熱烈なスコットランド愛国者であった。役柄は全て強い訛りのままスコットランド人として演じた。アカデミー助演男優賞を受賞した「アンタッチャブル」でのエリオット・ネスのチームを心身共に支えるスコットランド移民の警官は凄かった。英米共同作戦を描いた「遠すぎた橋」では無茶な作戦指揮を強いられる英第一空挺師団長役で、キングス・イングリッシュ、米語とやり合う英語合戦が話題になった。ボンドを演ずる直前には「史上最大の作戦」でバグ・パイプが嫌いなスコットランド兵を軽妙に演じていた。軽い演技ではジャームズ・ボンドとしても随所で観客をくすぐっていたと思う。

 ショーン・コネリー逝く、90歳。合掌。

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