芋粥
蒼々とした落葉松の森に真紅の炎が燃え上る。幹に絡みついた蔦の仕業である。蓼科の秋はこの蔓植物の紅葉から始まる。つづき漆、桜、楓、白樺、満天星などが高原を鮮やかに彩り、落葉松が山一面を黄金色に染め終わりを告げる。
その晩秋となり、温かい芋粥が食べたくなる。畑で掘ってきた薩摩芋を用いて朝食作りに取り掛かった。
二重蓋の炊飯用土鍋に米100gr、水500㏄、角切り薩摩芋50gr、塩少々を入れ、蒸気が噴き出すまでは強火、その後は上蓋を外し下蓋の孔から蒸気が出なくなるまで弱火で炊く。出汁巻き卵、ほうれん草の胡麻和え、椎茸の味噌焼きを作り、作り置きの蕪の千枚漬け、ひじきの煮物を添える。食糧難だった戦後に食べた芋粥を思い出し、食事の話題にしていると、妻が言い出した。
「『芋粥』という芥川の小説があったわね。どんな物語だったかしら」
読んだ記憶はあるが、思い出せない。青空文庫を紐解いてみた。平安時代の話で、その「芋粥」とは山の芋を中に切り込んで、甘蔦(あまづら)の汁で煮た粥とある。今食べている芋粥とは全くの別物である。甘味が貴重だった往時はとくべつのご馳走だったようだ。
たしかに甘藷や砂糖が日本で作られるようになったのは江戸期以降という。筋書きは芋粥の美味に取りつかれた京の貧乏な下級官人が裕福な同輩にからかわれ、彼の領地である敦賀まで誘われる。そこで芋粥攻めに遭い、忽ち音を上げるという話である。
私の関心は小説の筋より甘蔦に向く。あの初秋を彩った蔦からそのような甘い樹液が採れるのだろうか。インターネットで調べると、「幻の甘味料あまづら(甘葛)の再現実験」と題する奈良女子大の研究レポートが出てきた。自らも試してみたくなり、ご近所の方に伺うと、「あれは蔦ではなく、有毒なツタウルシではないか」とのこと。樹木図鑑を開くと、葉の形が両者少し異なる。どちらか確かめようと森へ出掛けたが、既に落ち葉も見当らない。
甘蔦汁作りは来年の課題としよう。