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「800字文学館」

名馬の引退

首藤 静夫

 アーモンドアイがジャパンカップを最後に引退するという。東京(府中)回りも中山回りも知らない素人だが、テレビで名馬の勇姿を見ておきたい。
 三冠馬とは思えない小柄な牝馬、名前のとおり目元が愛らしい。他の馬が枠入りを嫌がったり、内側によれたりで興奮する中、この馬は粧ってすましている。
「女傑なんて失礼ね、チアリーダーと言ってよ」と聞こえる。
 結果は他の三冠馬や並みいる牡馬を退けて優勝、引退に花を添えた。最後の直線二百米は圧巻だった。
 レース後の落ち着きぶりも見事だ。騎手のルメールが盛んに手を上げて観客にアピールしている中で、彼女は
「何をはしゃいでるの、馬鹿みたい。それよりレモンティでも飲みたいわ」という風情だ。文句のつけようのない引退試合だった。

 同じ三冠馬で往年のミスターシービー(以下、シービー)を思い出した。
 競走馬には得意のスタイルがあるそうで、先行逃げ切り型、中団からの差し切り型、後方からの追い込み型がある。差し切り型に名馬が多い。アーモンドアイもそうだ。
 ところがシービーは追い込み型。前半は殿近くをゆっくり走っている。第4コーナーからの直線、各馬の一斉スパートを考えると中盤まで好位置キープがいいに決まっている。だがこの馬は後方から直線を突っ込んでくる。外側に出て、広いスペースを走り抜けたいのか。距離的にロスするが、最後の爆発力に自信があるのだろう。ファンをドキドキ不安な気持ちにさせ、ラストを怒濤の脚力で駆け抜け、今度は狂喜させた。
 しかし、全盛は長くは続かない。1歳年下にシンボリルドルフというとんでもない怪物が現れ、エースの座を奪取された。追い込みでは到底間に合わないと思ったのか、差し切り型に変えて最後の直線勝負に出たが敵わなかった。
 プロ野球界の長嶋と王――。シービーの姿が全盛期もその後も長嶋と二重映しになる。その天衣無縫ぶり、鮮やかな勇姿。そして怪物に脱帽し、静かに引退していった。

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