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「800字文学館」

山旅追想―後方羊蹄(しりべし)山(2004年夏)

大月 和彦

 蝦夷富士の別名がある後方羊蹄山へ。倶知安側の登山口はエゾマツとトドマツ林の中にあった。
 山歩きにいつも一緒の相棒と歩き出す。まず針葉樹林の遊歩道。樹の匂いなのか森の匂いなのかフィトンチッドなのか。さわやかな匂い。山に入ったと感じる。
 やがてミズナラやブナなどの広葉樹に変わり、石ころの多いフツーの山道になる。「羊蹄山リレーマラソン実行委員会」が建てた2合目の標識。近くに風穴があるという。
 単調な急登が始まる。踏み跡や雨水で浸食されて半地下状になった道が続く。山歩きの時にいつもの思うことだが、身体が馴れない歩き始めの1時間ぐらいはきつく苦しい。なぜこんな苦しことをするのか。いっそのこと腹痛にでもなればこの苦しみから逃れられるのに。相棒が急病などでギブアップと言ってくれるのが理想的なのだが…。

 5合目。振り返ると下方に緑の大地が広がり、倶知安の白っぽい市街地。真向かいには端正なコニーデ型のニセコアンヌプリが聳え、なだらかな裾野を広げている。山腹に見える幾つもの痘痕はスキー場。ホテルやロッジの群が白く光っている。引き返さないでよかった。
 樹林帯を抜けると火山礫の道になる。ブヨとヤブ蚊がしつっこくまとわりつく。黄色い花をつけた高山植物が多い。火山岩がごろごろ露出している。緑が鮮やかなハイマツ。ナナカマドの実はまだ青い。

 鈴の音が聞こえてきて、50歳ぐらいの男が追いつく。短パンでスキのない身支度。帽子の縁いっぱいに登った山のバッジを付け、腰にクマ除けの鈴と蚊取り線香をぶら下げている。
 ((短パン)―何時に登山口を出たの?  (当方)―4時半。
       ―僕は6時。どこに泊ったの?    ―比羅夫の駅舎民宿。
       ―いくらだった?          ―3食付きで5600円。
       ―:高いなあ。

 9合目辺からロープに沿って山頂に向かう。緩やかな斜面に紫と黄色い花が咲き乱れている。火口壁の縁に出る。山頂の中心部は大きく落ち込んだ火口で底の砂地が白く見える。御鉢巡りをしていくと小さな岩峰があり、最高地点を示す木柱が建っていた。

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