作品の閲覧

「800字文学館」

つわぶき

池松 孝子

 激しく照った夏も終わりに近づき、庭の花も少なくなってきたころ、あの菊にも似た黄色い花が彩を添えてくれる。真冬も枯れることもなく、つやつやした濃い緑の葉はうれしい。日陰でも育つため、北向きの庭の下草としても欠かせない。

 つわぶきと聞いて忘れられない景色がある。抜けるような青空の晩秋の一日、横須賀から城ケ島に遊んだ時のことである。海のきらきら輝く海岸を歩いていた。ふと目をやると、海に突き出た断崖の黒い岩にあの鮮やかな黄色のつわぶきの花の群れが見えた。空の青、海の青にも負けず遠目にも美しかった。右手奥一面に紺碧に光る海が穏やかに広がる。その海から高台に向かう崖に黄色の花束のようなつわぶきが点在していた。
 つわぶきの葉はワックスのようなキューティクルに覆われていている。葉に艶があるのはそのためで、これが海の潮風から守っているのだ。よってつわぶきは潮風に強い。それを知っていてもあんな崖っぷちになんとも一幅の絵画を見るようであった。青と黄色のコントラストは忘れられない。

    石蕗咲いていよいよ海の紺たしか       鈴木 真砂女

 先達はこうした感動をみごとに漏らすことなく描写している。感服だ。

 転勤でしばらく福岡に住んでいたことがある。九州の旅館ではつわぶきの佃煮を供されることが多かった。九州名産「佃煮キャラブキ」とあった。つわぶきは肝臓に有害な物質が含まれているそうで、相当丁寧な灰汁抜きが欠かせないそうだ。二、三度は塩ゆでして、水に晒す作業がいる。
 つわぶきに限らず、蕨にしても春先に顔を出す若芽などは、大変な勢いで伸びる。これを人間が頂くというのは、言い換えれば植物の命を横取りすることになる。そこで灰汁抜きは人間の「儀礼」かとも思う。

 初秋からこれまでずっと庭で黄色い花を楽しませてくれたつわぶきだが、霜が降りる頃になると、いつの間にかたんぽぽのような綿毛に代わる。ふわふわと北風に吹かれて来春までのすみかを探すのだ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧