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「800字文学館」

思い込み

内藤 真理子

 乳癌の手術をした。
 全身麻酔だったので、何も知らないうちに終わり痛みを全く感じなかった。手術時間は一時間半、病室に帰り着いたのが十八時、すべて予定通りだったそうだ。
 病室に戻り、麻酔が取れた後の痛みはこれからだろうと覚悟を決めた。
 現状は、先生が事前に「手術が終わって部屋に戻ったらこんな具合に体中からチューブが出ているような状態になりますよ」と図解して説明をして下さった通りだ。チューブだらけで身動きが取れない。
 看護師さんが「右側を手術したので、右手は九〇度以上持ち上げてはいけません」。と言いながら左腕に点滴用の注射をし「左側にしか注射が出来ないので、血液を採る時は左の足先に注射をします。痛いですが我慢してください」と恐ろしい言葉を付け加えた。
 長い夜の始まりだ。点滴の管が伸びている。暇に任せてチェックをすると、お小水の袋の管、血液をためる袋の管、酸素マスクの管、足が固まらないように両足をマッサージしているので、その電源もあるだろうと推測する。
 深夜に及び、点滴は二種類になっている。片方が、ずいぶん早く滴下している。
 早く落ちる方を足に挿したのだろうか、足指が痛い。針がずれているのではないか、それにしても点滴のスピードが速過ぎるではないか。痛かったら我慢しないでくださいね、と言われている。ナースコールを押そう。だが右側にあって届かない。身体が動かない。手は九十度しか動かせない。が、そんなことを言っている場合じゃない。エィ!と右手を捩じって押した。看護師さんがすぐに来た。
「足の指が我慢が出来ないほど痛いのですが」
「何ともなっていませんけど」と、もみほぐしてくれる。
「点滴は、大丈夫でしょうか」
「エッ、点滴は足にはしていませんよ」
「えっ!」 その途端に、足の痛みは全く消えてしまった。
「思い込みだったようです。すいません。もう痛くありません」
 そういえば、足に注射をするのは血液を採取するときだった。

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