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エッセイ・コラム 日常生活雑感

アナグロにさようなら

西川 武彦

 二十年近く愛用したテレビの映りが悪くなり声も聴き難くなった。観る方の機能が衰えているせいもあろうが、次男の家の大きな薄型は鮮明で音も素晴らしい。躊躇いながら連れ合いに相談すると、「安くなったらしいわよ。あと一年でアナグロは使えなくなるからデジタルの薄型を買いましょうよ」。そうのたまうではないか。なぜダンボール型が使えなくなるのか、文系の筆者としては納得がいかない。アナログを「アナグロ」という老妻も頼りないが、財務大臣が予算をつけるというからよかろう。

 早速ビッグカメラで中型を求めた。ところが取り付け方が分からない。二十年の間、次々に買い求めた録音・録画・再生のための機器、選局のための機器、アダプターなどがダンボール型の横に数台あり、それぞれテレビに繋がっている。それらを選んだ子供たちは家を出て行ってしまった。十本ほどあるコードは複雑に絡みあっている。薄型を箱から取り出したはよいがどうしたものやらさっぱり分からない。今度は躊躇うことなく、契約先のJCOMというケーブルテレビから技師を送ってもらった。

「これは厄介ですね。コードを減らすわけにはいかないので、とにかく整理してみましょう」
 同情した技師は配線が終ると、使い方も繰り返し教えてくれた。小一時間もかかったであろうか。若くてハンサムで優しい男だった。それが気に入ってお茶菓子をせっせと運んだ老妻のサービスが効いたのかもしれない。

 使い方を苦労してパソコンでマニュアル化した。まず最初に、今まで観られなかった邦画のチャネルで、『有楽町で逢いましょう』を鑑賞する。京マチ子、菅原謙二、野添ひとみ、川口浩が出演する1958年制作の青春恋愛メロドラマである。舞台となる有楽町の『そごう』、汽車、タクシー、街並み、ファッション…。すべてが無性に懐かしい。思い出が蘇る。新しいテレビのお陰で古き良き時代がたっぷり楽しめそうだ。疲れがすうっと消えていった。

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