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エッセイ・コラム 政治・経済・社会

「日本国」の企業診断

野瀬 隆平

 企業の経営に携わったことのある人ならば、会社の経営状況が健全かどうか、どれほどの価値のある企業かをマクロに判断するには、財務諸表の中でも特にバランスシート(貸借対照表)を見るのが一番であることは良く理解している。
 国の経済状況を診断する際も、このバランスシート(以下B/Sという)を見なければならない。その場合先ず問題となるのは、具体的に何を国として捉えるのかである。しばしば混同されるのだが、限定的に「政府」を対象とするのか、あるいは政府、企業、国民を総合的に捉えた「日本国」全体を対象とするのかである。この区別を明確にしないままで、論じられることが多い。一国の経済状況、国の富を考える場合には、単に政府の財務状況だけでなく、後者の日本国を対象にするのが妥当だと考えている。
 では、日本国を総体的に捉えたB/Sとは、どのような形で表されるものか。ご承知の通り、B/Sは左側(借方)に資産を、右側(貸方)に負債と資本及び純資産を計上して、ある時点での財務状況を示すものである。今、世間で大いに問題とされている、900兆円を超える政府の国債発行残高は、貸方に負債として計上される大きな項目の一つである。問題はこの大きな額の借入金をどう理解するかである。
 民間企業の場合、ただ単に借入金が大きいというだけで、その会社が駄目だと判断する人はいない。事業を拡大しながら会社が発展する段階では、資本金だけでは賄いきれず、銀行から借りたり社債を発行して資金を調達する。
 国の場合も同様で、単に借入残高の数字だけを取り出して問題にしてもあまり意味が無い。問題はむしろ、その金の出所であり使い方である。言い換えれば借方(資産)のどの項目とどうバランスしているのか、その資金がどのような事業につかわれて、どのような効果を上げているかである。
 このコラムで、今年の正月に「明るい日本の経済」と題して書いたが、日本の場合、資産から負債を差し引いた純資産は、世界に例を見ないほど大きな黒字を計上している。900兆円以上の債務を抱えているにもかかわらず、国としては、なお220兆円以上の資産を対外的にもっているのである。先ずはマクロに見て、日本国がすぐつぶれる状態ではないことを認識すべきである。報道される目先の数字にまどわされて、何をなすべきかの大局的な判断を過たないようにしなければならない。
 とはいうものも、やはりこの部門(政府)の大きな負債を放置しておくわけにはいかない。民間の会社でいえば、会社全体としては、何とか黒字で純資産を持っているが、大きな負債を抱える事業部のために、他の儲かっている部門が資金を貸付けて温存させているようなものだ。企業ならば、そんな赤字事業部なんかつぶしてしまえというところだ。しかし、この部門はいわば本社部門のようなもので、他の事業部門にサービスを提供する役割を持っており、簡単につぶせないのが問題である。
 工場がコスト削減に努め、利益を上げようと努力しているのに、本社部門が立派なビルに入り、多くの人間をかかえて豪華な重役室に役員がころごろしているといったところだ。
 国の経営状況を民間会社と比較しながら見るとこんなところだが、民間の会社や個人と決定的に違う点が一つある。それは国には貨幣の発行権があるということである。個人や会社は資金繰りがつかず、借金が返せなくなったら破産するしかないが、国の場合は最後の手段として、紙幣を印刷して穴埋めが出来るのである。この裏技がどのような意味を持つのか、じっくり考えてみる必要がある。

 この拙文を書き終えて、ぶらりと書店をのぞいたら、一冊の本が目に留まった。「日本の未来、ほんとは明るい!」という題だ。日本の経済をB/Sの視点で分析しやさしく解説している。多少、考え方に偏ったところがあるようにも思えるが、興味のある方はどうぞ。

(了)

注:「日本の未来、ほんとは明るい!」三橋貴明著 ワック株式会社 発行

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