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エッセイ・コラム シネマ・サロン

映画「ザ・コーヴ(入り江)」はドキュメンタリーか

田谷 英浩

 澁谷のシアター・イメージフォーラムで上映される映画を見るには勇気がいる。タイで暮らす未帰還兵を描いた「花と兵隊」には強烈なショックを受け、今も重いものを引きずっている。
 今回の「ザ・コーブ(入り江)」も上映をめぐって保守系の市民団体などから反日的と抗議が殺到し、一時は上映中止に追い込まれた映画館もある。
 しかし映画評論家を気取るからには、避けて通るわけにはいかない。覚悟を決めて出かける。これほど世間を騒がせた映画だから混んでいるに違いないと思ったところ、平日の午後とはいえ観客は10人ほど、前後の回もさほど差はないようで拍子抜けした。上映開始後ひと月にもならない内に、熱しやすく冷めやすい日本人は、もうこの問題を過去のものにしてしまったのかも知れない。閑話休題。

 さてこの映画、ボクは全く評価しない。昨年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞しているが、果たしてこれがドキュメンタリー映画といえるのか。
 ドキュメンタリーと称する以上は事実を正面から捉え、その歴史的背景や意義、正確なデータを示すべきである。なのに肝心な部分はコソコソと隠し撮りした映像を繋いだもので冷静な記録とは言えず、説得力も無い。悪意をもって一方的に和歌山県太地町の漁民を犯罪者扱いして不快極まる。
 製作者側は製作意図を明確にして、なぜ漁民はイルカ漁を続けるのかを探るべきだし、撮影にあたっては興味本位でなく事実をまともに捉えることを申し入れればいい。
 日本はそれを受け入れて、伝統的な漁法の歴史と現状を説明し、立場、見解の相違については、捕鯨問題と同様に世界の舞台で堂々と主張すればいいのではないか。そもそもイルカはツチクジラなどと共に小型鯨類に分類されているのだから。
 前述の通り、上映をめぐって一般紙の社会面までにぎわしたが、騒いだ連中は本当にこれを見てから騒いだのかと問いたい。風評だけで騒いだのではあるまいか。
 実際に見ると、特に問題とされたイルカ漁の残酷さや海面が真っ赤になるシーンはごく僅かで、しかもそれすらデジタル技術による後処理ではないかと疑われている。
 一体何が問題なのか。問題提起すらまともにされていない。映画の過半は制作者たちの暗闇の隠密行動(出来の悪いサスペンス風)やそれを阻止しようとする漁民や監視する警察官の動きを追う映像だが、そこに登場する日本人をことさら未開人扱いしていることも同胞として甚だ面白くない。
 英紙は「東洋人はイルカを食べるが、西洋人は牛を食べる。どこに問題があるのか。」と疑問を呈しているし、仏紙は「隠しカメラで撮影した映像をドキュメンタリーと呼べるか」と同調している。さて皆さんの見解は。

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