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エッセイ・コラム 日常生活雑感

お~い、ネエちゃん

三春

 姫路に住む中国文学研究者・高島俊男氏が、食いもの屋の「以上ですか」が不愉快だと書いていた。あれこれいくつも注文した時の確認のためだろうに、バカの一つ覚えで一品の客にまで言う。気の弱い客が「なんだ、たった一つか」と言われたような気がして、「じゃあこれも」と追加するのを期待しているのかと。あちらこちらで何度もでくわすのでその度になにか言ってやるそうだ。
 「カレーライス一つ」
 「以上ですか?」
 「お前んとこはカレーライス以下というものもあるのか」
 とかなんとか。
 さて、言葉にこだわるこの高島氏が、東京からやってきた友人と居酒屋に入った。「お~い、ネエちゃん」と大声で店員を呼んだら、その東京もんが「下品だ! こんな奴と連れだと思われたくない」とふくれたそうだ。

 関西ならともかく、関東ではネエちゃんは確かに歓迎されない。個人商店での「おネエさん、何にします?」は、オバサンと呼ぶ代わりのお世辞だろうがちっとも嬉しくない。これが「お姐さん」のつもりならちょっと粋で話は別だが。「カノジョオ~」に至ってはムッとくる。「奥さん」もダメ。結婚しない女が増えている昨今、機械的に人妻と決めつけては不興を買う。
 ちなみに、売込み電話の「ご主人いらっしゃいますか」には、「私が主人です」と答えることにしている。先日、久しぶりに会う男友達と居酒屋で呑んでいて、彼がトイレにたったら、店の人が私に「旦那さんも同じお酒でいいですか」と尋ねたのには仰天した。この店は男女二人で来たら夫婦にされるのか。どうせならもっとイイオトコの妻に間違われたい。

 つらつら思うに、日本では女性を陰や奥の存在とする歴史が長かったせいか、欧米の「マダム」にあたるような「大人の女」に対する呼びかけ語が皆無に近いのだ。

 ところで私は、知りあった女性をなるべく姓ではなく名前で呼んでいる。相手にも名前で呼んでくれるように頼む。年齢の上下にかかわらず名前で呼ばれて嫌がる女は少ないだろう。旧友の一人は姑を「梅子さん」と呼んでいた。嫁姑の間柄でようやった! 姑の柔軟さにも感服である。

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