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エッセイ・コラム 日常生活雑感

サービスはこわい!

西川 武彦

 文芸春秋の11月号に、ヴァイオリニスト・千住真理子さんが面白いエッセイを載せていました。彼女が地方のホテルに泊まったときの小さな「事件」を描いたものです。千住さんが泊まるというので、ホテルの支配人以下が大きな笑顔で出迎えてくれたまではよいのですが、ロビーには彼女が一昔以上前に弾いた演奏のCDがBGMで流されていた。音楽を深く追求する千住さんはその後、一段と技を極め、演奏も円熟しているという自負があるのでしょう。思わず耳を塞ぎたい気分だったそうです。ホテル内のレストランでも、彼女の部屋があるフロアの廊下にも同じBGMが追いかけるように流れていたため、彼女は部屋に閉籠もり、翌朝は逃げるようにチェックアウトしたといいます。ホテル側は精一杯サービスするつもりだったのでしょうから厄介ですね。明らかにサービス過剰なのに・・・。

 演奏家が自分の演奏が録音されたのを、終わってから暫くして聴いたり、ビデオやDVDで観る場合、逃げ出したくなるくらい嫌になることは、音楽を演じる人種の端くれとしてよく理解できます。筆者もボーカル・カルテットによる演奏活動を足掛け25年やっております。プロではありませんが、大きなコンサートは記録用にビデオやテープに収録します。それらは劣化しやすいというので、最近、CD・MD、DVDなどにダビングしていますが、出来上がったのを、チェックのため観るたび、聴くたびに溜息をついています。穴があったら入りたい気分になるのです。舞台での振りがなっていない、音が下がっている、外れている、テンポが遅れている、歌詞を間違えている、トークが下手、エトセトラ。
 会場では大きな拍手とブラボーを頂戴した記憶があるし、お客様にはリピーターも沢山おられるから、それほど酷い出来栄えだったとは思えませんが、実際に演奏した者にはやたらに粗だけが目立つのです。音量を絞って、ダビングが注文どおりできているかだけをこわごわ確認しています。

 素人芸の筆者が千住真理子さんのような扱いを受ける惧れはまったくありませんが、客商売のサービスってのは難しいものだ、と隠居は呟いています。

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