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エッセイ・コラム 体験記・紀行文

河童天国

平尾 富男

 定山渓(じょうざんけい)は、温泉が豊平川の川底から湧き出て、東京の湯河原、熱海に匹敵する札幌の奥座敷として栄えている。これまで度々北海道を訪れているが、その定山渓に足を延ばすのはこの秋が初めてだった。

 早めにホテルのチェックインを済ませて、温泉街を抜け、豊平川の川原に沿って散策を試みた。途中、川に架かる月見橋に奇妙なモニュメントを発見する。よく観ると、身体を横たえ、片方の腕で頭を支える一mに満たない河童なのだ。同じ月見橋にはもう一体、女の子らしい河童が立っていた。作者はそれぞれ違うらしく、姿も赴きもまるで異なっているが、河童であることは背中の甲羅と頭のお皿が証明している。

 日本各地に河童伝説が残っているが、この定山渓にも存在するらしい。川原へ降りる手前で、大きな徳利を手にして、全身濃い緑色をした胡坐姿の巨大な河童大王が祀られていた。拳大の岩石がゴロゴロしている川原には、片手で逆立ちをした河童のモニュメントが大きな丸い岩の上に建っている。
 上流に向かって散策を続けると、静かな流れの如何にも深そうな「かっぱ淵」が、二見吊橋を越えた奥にあった。
 ホテルに戻ってフロントで河童の謂れを尋ねた。すると、昭和四〇年頃に、地元の観光協会が漫画家のおおば比呂司氏の助言で、河童をモチーフにした街興しを考えたのが始まりと聞かされた。今では二〇体に及ぶ河童の像が町中に点在している。まさに河童天国なのだ。

 驚いたことに、河童伝説まで創作してあった。
 明治時代に、豊平川の淵で釣りをしていた一人の美少年が突然川底に消えてしまったという。一年後、少年の父親が寝ていると、夢枕に少年が立って言った。「女カッパに気に入られて結婚した。今は子供もできて幸せに暮らしている」
 成程、月見橋の女河童の像は、それを物語っていたのだ。

 美少年を誘惑しそうな河童似のホテルの若い女性職員が笑顔で続けた。
 「あの淵では、河童のお陰で二度と溺れる人が出なくなったんです」

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