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エッセイ・コラム 歴史・昔話

「日本のコンピュータ史」 雑感

鵜飼 直哉

 過去4年間にわたり情報処理学会歴史特別委員会が取りくんできた「日本のコンピュータ史(1980年から2000年まで)」が今月(2010年10月)末にはオーム社から出版されることになった。私の自由時間の半分くらいを占めてきたプロジェクトがともかく一段落して肩の荷が降りた気分である。
 学会が編集する日本のコンピュータの歴史に関する書物としては過去に二冊あり、今回のものはそれに続く第三弾になる。私の担当は第二章「日本のコンピュータ史概論(1980年から2000年まで)」で第三章以降の業界や学会の権威者15人による各論の前座部分である。

 振り返ってみると、80年代は日本の産業の絶頂期であった。エズラ・ボーゲルの“Japan as No.1”が飛ぶように売れ、21世紀は日本の時代と信じこまされた。後に「自信過剰の1990年」と言われた日本がバブル経済崩壊から「空白の10年」を経て「自信喪失の2000年」に至ることになった。この荒波の中で日本のIT産業は激変の時代を迎えた。技術論はさておき、この20年間の主役となったキーワードを中心に三つの時代に分けることができる

(1)1970年代末から1987年頃まで 「メインフレーム全盛期」:
日本のハードウエア技術が世界市場を席巻しそうな勢いであった。
(2)1987年前後から1995年頃までの「パソコン時代」:
NECの“98”全盛期からWindows時代へ。
(3)1995年以降の「インターネット時代」:
1960年代にアメリカで生まれた技術の成果を誰も予想しなかった。

 担当が2000年までのため、私の時代記述は、
「1999年から2000年には、一見バブル経済の後遺症からの脱却に成功したかに見えた。しかしながらそれは、インターネット時代に対する過剰な期待に基づくものであった」
で終わっている。
 歴史としての検証が終わっていない最近10年間について触れていないのは歴史書としてはやむをえない。

 21世紀に入って以降のキーワードは何か?
 私は現代を象徴するキーワードは「検索エンジン」であると思う。10万円もださずに買えるパソコンがあれば、世界中のコンピュータとネットワークで接続され、検索機能を使ってあっという間に必要な情報を見ることができるなど、20年前には現実的な夢とは思わなかった。一年ほど前からテレビ広告で 商品名 検索 と書く方法が完全に定着していることでも明らかなように、検索技術はインターネットを意識することなしにインターネットを利用させる点が画期的である。インターネットの発展過程で、これはブラウザーと並んだ二大発明と言ってよい。
 歴史的には、1996年にYahooが日本でのサービスを開始し、検索エンジンが広く使われ始めた。
 そして現代の話題の中心の一つ、Googleが出現する。1998年9月に誕生したGoogleはその斬新な企業スタイルと経営方針とで注目されている。広告収入を財源としてユーザーにはあらゆるアプリケーションを無料で提供するというビジネスモデルで企業買収を進め、瞬く間に市場を席巻して今では市場制覇を巡ってマイクロソフトと争う企業になった。Googleが無償提供する数多くのアプリケーションのなかでも、2004年に発表したGoogle Earthは衛星写真から地球全体を自由に閲覧でき、その娯楽性もあって爆発的な人気を集め、現在は地図表示の定番として世界中で利用されている。

 では変化の激しいIT業界の「検索エンジンの時代」に続くものは何か? 過去10年のあいだでも、ユビキタス、グリッド・コンピュータ、Web2.0、Wifi+3G、クラウドコンピュータ、3D-TV、i-Pad、スマートフォン、アンドロイドなどの用語が激しく出入りしている。
 その中で、「クラウドコンピュータ」がしばらくの間、重要なキーワードとなることが予想される。
 2006年にGoogleが「クラウドコンピューティング」の概念を発表すると、IBM、マイクロソフト、サンマイクロシステムズなどが相次いで製品化し、日本では2010年には各メーカーの製品が出揃い、「クラウドコンピューティング元年」の様相を示すに至っている。試しに書店を覗いてみると、例によって例のごとく二、三十冊の解説書がひしめいている。
 クラウドは雲の中の出来事であるが雲の外ではi-Padが現在の話題の中心である。
ここで大胆な予測をすれば、
*ノートパソコンに替わってTablet型が情報機器としての主役になる。
*「パソコン」や「端末機器」は死語となり、新たな呼び名(たとえば Smart-Tablet?)が出現する。
* Smart-TabletはアルファベットキーボードからのEmancipation Proclamation として非英語圏や高年齢層への福音となる。
前にあげた(1)(2)(3)に続けると;
(4)2003年頃から2010年までは「検索エンジンの時代」
(5)2010年から「クラウドコンピュータとSmart-Tabletの時代」
ということになる。20年後に発行される「日本のコンピュータ史」第四巻が待ち遠しい。

 21世紀になって以来、どうも日本のIT産業は元気がない。中でも、1980年代にアメリカ企業を技術面で追い抜いて鼻息の荒かった日本のコンピュータ・メーカー3社(富士通、日立、NEC)は、インターネット時代に入ってから業績が低迷している。
 1980年代には自動車とITとが21世紀に日本経済の牽引車となる代表的ハイテク産業としてもて囃されていたが、いまや世界一の座に迫る勢いでグローバル企業となった自動車産業に対し、IT産業は低迷状態からいまだに脱却されないままに明暗を分けている。歴史的検証は終わっていないが、それを待つだけの時間的余裕はない。
 インターネットはアメリカ生まれである。運用も制度も仕組みも、すべてアメリカの手の内にある。矢継ぎ早にアイディアや商品を出すシリコンバレーを中心とした若い企業に日本の大手メーカーは振り回されている。メインフレームの時代には野球型、ネットワーク時代からはサッカー型の組織運営が必要と言われているように、変化に対応できる体質への転換が必須条件である。
 現在、ようやく再起のためのシナリオが描かれようとしている。しかし、これからの時代を担う若者の多くが閉塞感に苛まれ、自らの進路を見失って「フリーター」に流れようとすること、歯止めのかからない人口減少傾向、学生たちの理工系離れ、中でもIT産業の人気の落ち込みなど、日本のIT産業が主役の座に戻るにはまだ課題が多い。

(完)

  1. 以下、個々の用語の解説はWikipediaなどを参考にすることを前提として省略する。
  2. 以下の三つの区分は時代の象徴的なキーワードを取り上げたものである。メインフレームが突然1987年にPCに置き換わったのではないし、インターネットへの推移も同様である。
  3. 事実、富士通の株価は“Everything on the Internet”のメッセージに乗って2000年1月には史上最高値の5030円まで上昇したが、2002年の日本のネットバブル崩壊で1000円まで急落、その後は日本経済nn回復の糸口が見当たらない中で最近は600円前後で推移している。
  4. 「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」(同社HPより)
  5. 日本市場では現在、YahooがシェアNo.1と言われている。ケータイとの親和性が理由だと考えられる。
  6. “Smart-Tablet”と呼んだが何も根拠がない単なる思いつきである。

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