芸術・芸能・音楽
ルイ・マル追想
半世紀前のフランス映画『死刑台のエレベーター』の日本版リメークが公開された。
ジャンヌ・モローが演じた役に、現在の日本映画界で最も注目度が高いとの評判がある吉瀬美智子が起用されている。吉瀬の顔が、モローと同じように画面いっぱいに映し出され、受話器の向こうの見えぬ相手に、「ジュ・テーム」の代わりに「愛してる」と呼びかける場面で始まる。モノクロとカラー、公衆電話と携帯電話の違いが時代の隔たりを感じさせる。
相手役には吉瀬と同じくモデル出身で日本を代表する男優の誉れ高い阿部寛が配された。監督の緒方晃は、舞台を現代の横浜に移して、オリジナルで絶賛されたマイルス・ディビスのジャズ・トランペット演奏ではなく、渡辺香津美のギター演奏をフィーチャーした。
ストーリーの大筋はオリジナルに添って忠実に展開されるが、娯楽性を高めたという総天然色の日本映画版は、53年前のオリジナルの持つ重厚さに欠けていた。オリジナルのリバイバル上映も行われているらしい。
映画を見終わって、オリジナル映画のルイ・マル監督について、昔書いたエッセイを思い出した。
音楽を映画の中で極めて効果的に使った映画監督の一人にルイ・マル監督がいる。1995年に63歳のときに癌でこの世を去ったが、若干25歳で鮮烈な監督デビユーをしたときの作品が1957年に公開の『死刑台のエレベーター』だった。当時若くしてモダン・ジャズの孤独な巨人になりつつあったトランペッターのマイルス・ディビスの即興演奏を背景に使っていた。
主演女優はヌーヴェル・ヴァーグ最盛期にデビューしたジャンヌ・モロー。この女優の不思議な大人の魅力に多くの若者の青春の血は騒いだ。モノクロ映像とマイルスの倦怠で研ぎ澄まされた独奏という効果的な道具立ての中で、都会の孤独感を象徴するモロー演ずる人妻がその恋人と一緒に夫を殺害するという完全犯罪が綻びていく。まるでこの筋書きなぞるかのように、映画の全編でミュート奏法によるマイルスのトランペットが流れていた。
監督の第二作目は、前作と同じくジャンヌ・モローを主演女優に迎えた濃密な不倫愛の物語、『恋人たち』だ。このときルイ・マルはがモローと恋人同士の関係であったことを知って、多くの観客は妄想に掻き立てられたと当時の映画批評にあった。
この映画に使われたのは、モノクロ映像に相応しく芳醇にして重厚なブラームスの弦楽四重奏曲。古色蒼然とした壮大な屋敷の中での愛の場面に流される。まさに熟れた大人の不倫愛を、モローをしてアンニュイに演じさせる場面で効果的に使われている。
夫の居る屋敷に恋人を誘い込み、濃厚な一夜の愛を営み、翌朝平然と恋人と共に屋敷を出て行くモローの冷たい無表情な顔が印象的だった。
ルイ・マルは、時代に先端的なモダン・ジャズとクラシック音楽の名曲を映画監督デビューのそれぞれ第一、二作に使い大成功を収め、同時に恋人ジャンヌ・モローのスター誕生を演出した。
ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)の代表的作品として、忘れられない青春の思い出の中に生きている。