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エッセイ・コラム 日常生活雑感

釣果

平尾 富男

 「明後日、他に予定が入っていなければ釣りに行かないか」と、友人から電話がかかってきた。
「特別な予定は入っていないけど、暫く釣りをしていないから遠慮したいな。それに釣り道具もとっくの昔に手放してしまったし」
「心配ないよ。私だって海釣りは無経験だよ」
「えっ、海に行くの」
「うん、網代で鯛釣りが出来るんだ。釣り道具も全て向こうで貸してもらえるから身一つ行けば良いんだそうだ。行うよ」

 もう一人気心の知れた共通の遊び仲間が車で最寄り駅に迎えてくれるというので、重い腰を上げることにした。聞けば運転してくれる友人も釣り無経験という。

 網代には網元が経営する生簀筏釣り業者が数件あるという。一時間一人五千円を支払うと、漁港から目と鼻の先に浮かんだ筏の釣り場に小さな漁船で連れて行ってくれる。釣ったら釣っただけ持ち帰ることができるというのが嬉しい。餌から釣竿まで貸与してくれて、初心者には懇切丁寧に教えてくれるというから安心だ。最近はカップルや家族ずれの客も多いと聞かされた。

 快晴に恵まれてはいたが風が強かったその日、海上の筏は波に揺られて、竿を持った立ち位置が中々定まらない。教わった通りに餌のオキアミを二匹釣針に刺し、網で囲われた生簀に恐るおそる投げ入れてみる。水深四メートルほど沈むと、早速に強いアタリが来た。嬉しくなって引けた腰のまま、思い切って竿を上げる。すると水面近くに上がってきた大きな鯛が、あっと言う間に海底に逃げていく。
「そんなに急に竿を上げたらバレちゃうよ」と後ろから漁師が声をかける。
「いや~、今のは大きかったですね」
「釣り上げなけりゃ意味ないよ。魚に逆らっちゃ駄目だ。早く餌を付けて再挑戦」

 親切な漁師の親父さんが身振り手振りで指導してくれる。気を入れ直して竿を下ろす。直ぐにアタリが来る。隣の生簀で友人の一人が歓声を上げる。大きな鯛が釣れたらしい。こちらも負けじと竿を上げると、海に引き込まれそうな強い力で引っ張られる。どうもリールを巻き上げるタイミングが合わない。又もやバレてしまった。

 こんな調子であっと言う間に一時間が経つ。三人の釣果は、ようやく釣り上げた私の一匹を含む合計七匹の立派な真鯛だった。漁港に戻って、一匹だけビニール袋に入れ、残りは四百円払って氷を詰めた発泡スチロールの中に詰め込む。一人当たり二匹を持ち帰れば、釣果を当てにしていない、というより本当に釣りに行ったかどうか信用していない家人への証拠品になるから大満足だ。

 ちょうど昼時だったので、ビニール袋に入れた一匹を近くの料理屋で刺身に捌いて貰うことにした。代金千円で釣り上げたばかりの新鮮な鯛の刺身が味わえるという趣向だ。刺身の出来上がる前にビールで乾杯。車を運転する仲間に遠慮しつつも、メーターが上がる。鯛の刺身を食べ終わる頃には、大方空になった天麩羅他の海鮮料理の皿とビールの空き瓶が並んだ。運転手殿も少しばかり好い気分になっている。

 残り少ない人生とはいえ、未だ遣り残したことは多いから命は大事にしたい。酔いを覚まそうと近くの喫茶店に入ることにした。百戦錬磨の男三人だから、話題には事欠かない。いつの間にか夕闇が迫る気配になっていた。

 運転席に座った友人は、かなり遠回りになるにもかかわらず二人の最寄り駅ではなくそれぞれの家まで送ると言い張った。持つべきものは友である。真鯛だけでなく、篤い友情の連帯という釣果を我が家に持参できた。

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