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エッセイ・コラム 随想

枯草のざわめき:ダイエット中

濱田 優(ゆたか)

 忘年会シーズンに続く正月三箇日、次々に訪れた子や孫たちを相手に食べ過ぎた。休み明けの4日にスポーツクラブに行きこわごわ体重計に乗ると3キロ増え、主治医の指導値を超えている。フィットネスのインストラクターが、開口一番私の心を見透かしたようにのたまった。
 「正月太りした人は、ここに一週間通ってよい汗を流せば元に戻ります」
 先生の話では、急に太った分は皮下脂肪ですぐ燃焼されるが、放置して内臓脂肪に変わると運動しても容易には落ちないそうだ。クラブに通わせるセールストークの匂いもするけれど説得力がある、

 それはともかく、老若とりどりの女性に囲まれ、音楽に合わせて身体を動かすエアロビクスは楽しいので、週三日、四日スポーツクラブに通いレッスンに励んだ。けれど、思うように体重は下がらない。エアロビは激しい運動で、心拍数が120以上になる。マフェトンが提唱した「180公式(180-年齢)」によれば、私なら110がエアロビ心拍数の最大値というから、それを超えるメニューに挑戦しているにも拘らず、である。

 つらつらその訳を考える――までもなく、成果が挙らないのは、飲み食いの方が年末年始の惰性から脱却していなかったからだ。カロリーの消費を増やしてもその摂取量を減らさなければ黒字はなかなか改善されない。太るお腹と痩せる財布を取り替えたいものだ。
 で、生活を改めることにした。といっても大げさな話ではない。世間でよくいわれている「夜8時(または、就眠3時間前)以降、飲食しない」という簡単なルールを守る決意をしたのである。食事制限ではなく、単に食事時間を限定するだけの方法だが、私自身その効果の実証を得ている。

 余談だが、数年前、「夕方6時以降は食べない」という倖田來未ダイエットが、若い女性の間で話題になった。彼女はこれで8キロ痩せ、〝エロかわいい〟と自賛するボディを得たとか。夜更しが日常の芸能人がこの自主規制を守って目的を達成するのは大変なことだったろう。何かとお騒がせのタレントではあるけれど、この事実は素直に賞賛したい。

 サラリーマンも夜の誘いは数多で、ことに営業や渉外担当となれば社用の会食が連日続き、このルールが守るのは難しい。
 「いや、それはお前のように意思の弱い者の言い訳で、一次会でサッと切り上げて帰る人も中にはいるぞ」と突かれると確かに痛い。しかし、地縁、血縁が薄らぐ中で社縁にどっぷり浸かって生きてきた私たちの世代では、興が乗れば二次会、三次会に付き合うのは当り前。一人サッサと帰る奴は変わり者と烙印を押される。そういう時代だったのである。

 このプチ断食の効果はてきめん翌朝現われる。といっても、マジックではないので一晩で痩せるわけはない。が、いつになく目覚めが気持よく、お腹が空いていつもと変わらぬ朝食もうまいと感じる。毎朝反省ザルをやっている人にはお勧めだ。

 子どものころを思い返すと、ご飯の前はいつも腹ペコで、箸で茶碗をたたきながら早く食べたいと訴えていた。いくら腹一杯食べてもひと遊びするとひもじくなり、「お母さん、何かない?」とねだる。その頃は肥満児なぞ見かけなかった。
 それが大人、ことに中年過ぎになると、腹を空かすことがほとんどなくなり、結果メタボに向かう。前夜の食べ物が残って胃もたれしていても、起きれば連れに促がされて朝食を摂り、昼がくれば同僚と昼飯を食いに出かけ、夜はさっきいったように社内外の人と会食の予定で手帳が黒くなるようでは、太っ腹になって当然である。

 プチ断食の目的は、だからこの悪循環を断ち切り、子どものころの腹空かしを取り戻すことといえる。
 卒サラの後は仕事絡みの余儀ない付き合いが減るから、夜遅くの飲食を控えることはそう難しくないはずである。それでもたまに、「やむを得ず……」とか「つい……」となった時は、翌朝絶食すればいい。朝食を整えた連れとの力関係でそれが許されなければ、昼食を抜けばいい。要は、リズムが狂ったら絶食を挟んだりして早急に空腹感を取り戻すことだ。
 もう一つ、腹が空き過ぎて耐えられなくなったときの対策にも触れておこう。倖田來未はスルメを噛み、ダイエットコーラーを飲んで紛らわしたという。噛むことで満腹中枢を刺激し、炭酸ガスで腹を膨らませる――理に適っている。私は牛乳を飲む。カロリー的には問題かもしれないが、腹持ちがよく、何よりカルシウムがストレスを和らげてくれるからだ。

 さてそれで、私は1ヶ月で正月太りは解消し、元の体重に戻った。しかしそれは普通体重の範囲内ではあるが、BMIは上限の25に近くやや太り気味である。理想とされるBMI22の体重とは7キロほどの差、せめてその中間を目指してあと3キロ痩せたい。
 そう思うのものの、一方で医者の指導値以下になり先生に怒られないで済むと分かると、またぞろいつもの怠け癖が首をもたげてきた。昔と違い、家の近くには24時間開いているコンビニが何軒もあり、そこから秋波を送られると私は弱いのだ。

 誘惑を振り切り、さらなるダイエットを目指すには、意識の高揚が必要である。だが私は典型的な日本人。自らの意志ではなかなか現状を変えられず、外圧が強まってから慌てて動き出す。20年前心臓病を患ったとき、医者に体重を減らさないと命にかかわると告げられたら、「ダイエットは明日から」と先送りしていた私がすぐ対応して指示通り減量した。

 しかし、年を取り基礎体力が衰えてくると回復力も再生力も弱まって、危機感を覚えてときはもはや手遅れ、と引導を渡されるかもしれない。最近のニューズを見ながら日本の国情を思い合わせると、とても他人ごとには思えない。困ったことだ。

〈了〉

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