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エッセイ・コラム シネマ・サロン

女優は辛い?

平尾 富男

 映画館の中は、50名ほどの観客。その大半は中高年の女性で、男性はわずか数人しかいない。日本語タイトルは『愛する人』(2010年制作)だが、原題は“MOTHER AND CHILD”だから、観客に女性が多いのは頷ける。
 「この映画を観に行こう」と言われたときには、気持に迷いがあったが、監督・脚本がロドリゴ・ガルシアであること、主演女優がアネット・ベニング、ナオミ・ワッツだと知って誘いに乗った。

 ロドリゴ・ガルシアは『百年の孤独』を書いた著名な作家の息子で、2001年日本公開の、互いに関係のない5人の女性を描いたオムニバス映画『彼女を見ればわかること』(“Things You Can Tell Just by Looking at Her”)の監督・脚本作品によって、一躍日本でも脚光を浴びた。
 撮影当時アラフォーだったアネット・ベニングが『アメリカン・ビューティー』(”American Beauty”、1999年制作)で、そして40歳台半ば出演した『華麗なる恋の舞台で』(”Being Julia”、2004年)の中で、女盛り芬々の熱演を魅せたのはつい昨日のような気がする。1958年生まれだから、この『愛する人』撮影時には50歳を越えている。10年、5年以上前の制作作品で観たときの妖艶さはすっかり陰を潜めていた。
 役柄にも因るが、女優といえども10年余の歳月の経過は、明らかにその容姿に現れる。特にこの映画では、アップの場面が多く顔の皺が目立ち、「年をとったな」と観ていてベニングが可哀相になる。
 その一方で、演技力にますます重厚さが備わって、まさに貫禄充分である。14歳で妊娠し、生まれたばかりの娘を手放して以来37年間、老いた母親を看護しながら暮らす女性を演じる。
 ナオミ・ワッツが熱演するのは、生まれたときから孤児として育ち、家族愛とは無縁の生活をして、今や有能な独身弁護士として活躍する女性。その生い立ちゆえに生涯子供を持たないと決心し、若いときに不妊手術をしていたにも関らず、37歳にして妊娠をしてしまう。思いもかけなかった受胎告知に突然母性愛が目覚め、母体への危険性を警告する医者の反対を押し切って、出産に挑む。
 この二人が演じる「母と娘」が、同時に娘となり母となるというテーマは、如何にも女性専科といわれるロドリゴ・ガルシア作品らしい。お互いに顔を合わさずにそれぞれの道を生きた母と娘の感動的な物語の結末には、観客は涙を抑えることが出来ない。館内のあちこちで号泣を堪える観客のくぐもれ声が聞こえてくる。

 娘役のナオミ・ワッツは実年齢でアネット・ベニングよりも10歳若いから、『アメリカン・ビューティー』を撮ったときのベニングの年齢である。年をとるのは人間だから仕方ないが、自らの老いの進行を映像作品に残さねばならない女優という商売も辛い物である。
 映画では、二人の女性の出産シーンが出てくる。撮影当時ナオミ・ワッツは実際に妊娠中であったので、凄みのある体当たりの演技と言える。臨月真近くなっての診察場面では、そのはちきれんばかりに膨れ上がったワッツ本人の剥き出しのお腹が大映しされていた。そのタイミングを捉えて映画を撮り続けたガルシア監督の執念も感じられる。
 主演二人の女優以外に脇を固める女優達も個性と力量に溢れていて、ロドリゴ・ガルシアならではの配役起用であった。

(了)

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