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エッセイ・コラム 体験記・紀行文

そば好き

平尾 富男

 昨年訪れた但馬の小京都・出石(いずし)は、街のシンボルとしての辰鼓楼を中心に碁盤の目のような昔ながらの街並みを残していた。観光客目当ての「皿そば」屋が軒を並べているから、この城下町の名物は、何と言っても皿そばだということが分る。そのソバの出自は信州。18世紀初頭に信州上田の仙石政明がお国替えの際、伴ってきた職人の技によって製法が磨かれたと言われている。

 「信州信濃の新蕎麦よりも、わたしゃあんたの傍がいい」という戯れ唄を聞いて、若い頃からソバは信州が主な産地だと信じていたのを思い出す。調べてみると、日本のソバの生産量一番は北海道で、平成22年の統計では1位の長野県の4倍に登る。3位以下に、山形、福島、福井が続く。鹿児島県も10位以内に入っているから、日本全国で栽培されているのは間違いない。
 土壌が痩せていても、乾燥地、寒冷地でも容易に生育し、且つ種蒔き後の収穫が早いから、日本国中でそばは食されている。そうは言っても日本での消費量の80%は輸入。一時期その安全性が物議を醸したが、その大半は中国だ。そば好き日本人に国内生産が間に合わないのが実情なのだ。

 そば好きが嵩じてソバ打ちに嵌っている知人が数人いる。1人は、近所の人たちや知人に頼まれて月に2,3度ソバを打っている。使用するソバ粉は北海道産に限ると言う。この話を別のソバ打ちの友に伝えると、「俺は木曽の開田村産一本槍だ」と譲らない。それぞれ直接産地から通販で仕入れている。
 この他に、「青春のロマンを再び燃え立たせたい」と定年退職と同時に昼間だけ営業のそば店を都内に開き、二周年を待たずに閉店を余儀なくされた猛者もいる。10年以上もあちこちのソバ打ち道場に通った経験が自慢だった。ウリは「信州安曇野に住む遠縁が栽培し石臼で製粉したソバ粉を使っていること、じっくり煮出した特性自家製ソバ汁」だった。
 値段も特に高い設定がされていたわけでなく、確かに美味しかったから、何度か仲間を誘って一升瓶持参で食べに行った。近所の評判も良く、開店当初は行列が出来るほどだったから、とても残念だ。最初から儲けは度外視していたと言うが、たった一人で切り盛りするには無理があったのだろう。今では、偶に訪れる孫を抱き、自分で打ったそばを肴に好きな酒を飲むのが一番の楽しみだと言う。

 ところで、但馬の出石の皿そばは白い薄手の磁器、「出石焼き」の小皿に盛られ、5枚で一人前として出される。そば好きを自認しているが、出石の皿そばは余り口に合わなかった。観光客で混雑している店内の騒々しさが原因だったかもしれない。一緒に行った友人も「ここは、ゆっくりお蕎麦を食する雰囲気ではない」と言った。

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