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エッセイ・コラム 体験記・紀行文

ユダヤ系

金京 法一

 貿易や金融に携わっていると、ユダヤ系の人たちとの関係や接触は避けられない。それはそれで特に問題ということではないが、それに対する非ユダヤ系の人たちの視線はなんとなく気になるところである。ほとんどの先進国ではユダヤ系に対する差別は表向きには皆無であるし、無意識のうちにでも差別的態度言動があると非ユダヤ系からも非難されるので要注意である。これはなかなかタッチーな問題なのである。長年海外に暮らすとおのずとそこらあたりの感覚が身に付き、鋭敏になってくる。

 オーストラリアのメルボルンに赴任したが、早速の仕事は新しい支店長宅を探すことであった。既存の社宅は老朽化して何かと不都合が多く、既に買い替え予算についても本店の承認も取れていたのだが、前任者は在任期間が長期化するのを恐れたのかほとんど社宅探しをやった形跡がない。しばらく出入りの不動産屋の案件持ち込みを待っていたが、ほとんど持ってこない。色々難しい条件を出していたらしいが、実際に物件を見なければ何とも言えないのが不動産というものであろう。しびれを切らして新聞広告を頼りに直接物件探しをすることにした。欧米では不動産の売買賃貸は新聞広告でやるのが一般的であることを知っていたからである。週末に新聞広告を丹念に調べ、月曜以降車で回るのである。相当数の物件を見、人々の生活状態がわかってなかなか興味深いものであった。しかし適当なものはなかなか見つからない。そのうち一つの傾向があることが分かってきた。それはユダヤ系の人々の物件が相対的に値段も手ごろで修理保守の状態がよいことである。ただユダヤ系の人々はある地区に集中する傾向がありちょっと気になる。

 地元の豪州人の意見を聴くことにした。一人は社友とも言うべきW氏、ロイヤル・メルボルンのメンバーシップの斡旋をしてくれた男で、いかにも豪州人らしい無骨な男である。彼は絶対反対であった。三菱の支店長がユダヤ人部落に住むなど想像もできない。個人的にも四方を異教徒に囲まれて暮らすなど夜も安心して眠れないというのである。もう一人はイギリス人と称するN氏で、以前取引のあった人物で、いまは引退しているが、時々会社に顔を出している。彼の意見は正反対で、ここは自由と平等の国で、ユダヤ系など誰も気にしないし、自分もそうであると。

 そのうちユダヤ系とは無関係の恰好な物件が見つかり、社宅問題は解決した。W氏は自分の意見が取ったとばかりに喜んでくれたが、N氏はさしたる反応を見せない。やがて気がついたのだがN氏はそれ以来こちらを避けるようになった気がする。それが決定的になったのは支店長交代の時であった。かなり広範囲に関係先を招待してパーティーをやる。なんとなく気になってN氏の姿を探すがとうとう彼は現れなかった。ハッと気がついた。N氏は実はユダヤ系ではなかったのか。イギリス人だと言っていたが、ユダヤ系イギリス人も多数いるはずで、彼がユダヤ人であったとしても驚くに値しない。我々に対しユダヤ系であることをひた隠しにしていたのに、それがばれてしまったと思い、我々から遠ざかってしまったのかもしれない。白人社会の中でのユダヤ系問題は極めてデリケートな問題であることを思い知らされた。

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