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エッセイ・コラム 日常生活雑感

救急車で運ばれると

大平 忠

 今日は、企業OBペンクラブの「何でも書こう会」に出席を予定していたのに、行かないことに決めた。
 実は、明日腸の検査を受けることにしており、そのための「前日食」というのを貰っていたので、昨夜開けてみた。朝食、昼食とも粥一椀である。間食にビスケット少々と粉ジュ-ス、夕食はなんとポテトスープだけである。これでは、横浜の戸塚から代々木まで行くのは行けても、夕方帰宅するまでには空腹のため卒倒するのではないか、危険を感じた。倒れて救急車騒ぎを起こしたりすると他人に大きな迷惑をかける。先日の震災当日には、自宅まで飲まず食わず歩いていて途中で倒れた人が出たそうである。これは気の毒な話で同情すべきだと思う。しかし、今日の場合は周囲の友人の顔を見回しても、腹が減って倒れたなどということは、決して同情はしてくれまい。話は尾ひれをつけて拡まるであろう。どういうことになるか想像するだに恐ろしい。そこで、迷いなく欠席することにした。
 実は、昨日のことである。中学時代の旧友たちと柴又界隈の散策に行った。歩き終わって「川千屋」なる老舗の料亭でわいわいやった。
 そのとき隣りに座った築地で働いている友人が、こんなことを話してくれた。先日、久しぶりに家族と一緒に食事をした。そして、これまた久しぶりに焼酎を飲んだ。そうしたらたった2杯でひっくり返り救急車で病院に運ばれた。どうも、このところの過労が祟ったらしいとか。
そこで、聞いてみた。
「どこの病院だい?」「銀座病院だ」「なにっ、それって、前の『菊池病院』か?」「そうだ」
「その病院には、おれも20年前に酔っ払って気を失って運ばれた」「えっ、」
なんと、時は違えても同じ病院に二人とも酔っ払って運び込まれていたという事実が判明した。
この偶然の遭遇も、「セレンディピティ(幸せな出合い)」といえるのかどうか。我が敬愛するセレンディピティストの聖路加病院の日野原重明先生に聞いてみたいが、ちょっと自信がない。
 20年前のそのとき、銀座病院まで私を運び介抱してくれた後輩2人には感謝しなければいけないのだが、まずいことにこの二人はたいへんなスピーカーであった。
「お医者に、先輩が心配ですが大丈夫でしょうかと真剣に尋ねたら、お医者は『まったく心配ない、単なる酔っ払いだから』と言いました」
この科白をこの二人はなんと20年間放送し続けたのである。知的教養人を自負している私のイメージを、どれだけ壊してくれたことであろう!

 「酔っ払って救急車」の話の上に、「腹が減って救急車」の話が重なると、それこそ、孫子に合せる顔がなくなる。
 以上が、本日欠席の言い訳をくどくど真面目に書いた理由である。

(平成23年4月14日)

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