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エッセイ・コラム 随想

枯草のざわめき:賢い消費者

濱田 優(ゆたか)

 大震災後の生活で不足を実感し、必要と感じたもの何か。
 3月末のJMAの調査結果では、トップスリーは乾電池、水、ガソリンで30%以上の人が挙げた。以下、トイレットペーパー、牛乳、米、懐中電灯、パン、ティッシュペーパー、さらにインスタント食品、灯油、レトルト食品、乳製品などが続く。

 実際に私は三軒茶屋の街を歩き、3・11後ほぼひと月間それらの商品が店頭から消えて、物不足のパニック状態に陥った様相を目撃した。スーパーやコンビニの、いつもは溢れんばかりの商品が並ぶ陳列棚が空っぽになった光景は衝撃的だった。
 昔、ソ連が崩壊する直前のモスクワの大きなデパートで目にしたシーンが思い出される。ただ、当時の彼の地では闇市に行けば豊富な商品が並び金さえ出せば何でも買えた。それに比べれば、等しく「一家族一点限り」しか買えない日本の方が、皮肉にも社会主義的で乏しきを分かち合ったといえる。

 ところで、今回の品不足の状況をつぶさに観ると、日ごろ圧倒的な品揃えと価格競争力で商店街の小店を圧倒していたスーパーやドラッグストアーのチェーン店が、非常時には意外に弱く欠品が目立った。高度に合理化された加工物流システムのルートが各所で切断され、店に荷が入らなかったと聞く。

 体験談を語ろう。震災の二、三日後食パンを買いに当地で一番のスーパーに行ったところ、空棚ばかりで愕然とした。ここに無ければ何処に行っても駄目だろう。あしたの朝食はパンの代わりにマリーアントワネットのお勧めどおりにケーキでも食べるか。半分本気でそう思いながら歩いていると、裏通りで「自家製食パンあります」と張り紙をした小さなパン屋を見つけた。
 野菜や魚なんかも商店街の店の方が品揃えの立ち直りが早かった。八百屋のおばさんは、「うちは小回りが利くからね」と得意顔でいう。

 また、スーパーやコンビニに比べて、外食や惣菜や弁当の中食(なかしょく)の店も、今回の品不足の影響は比較的少ないようだ。食材を各店舗で加工する中・外食の分散型の方が、量販店の集中管理より柔軟に変化に対応できたのであろう。同じスーパーの中でも店のバックヤードで調理する惣菜部門は極端な品切れに陥らず、店舗の空洞化を救っていた。
 加えて、中・外食は買い溜め(=食い溜め)が出来ないからすぐに売切れることもない。食材がなければ食事を買えばいい。

 消費者は、パニックを囃し立てるマスコミに踊らされず、的確に状況をとらえ賢く柔軟に対処することが肝要である。決して慌ててはいけない。偉そうに私はこういって心配性でパニックを起こしやすい家人を諭した。

 その私が、あろうことか――。
 物不足も終盤に至ったある日、百円ショップで久方振りに乾電池を見つけ、単3と単4の8本パックを飛びついて買った。わが電脳生活を支える電子辞書やリモコン、置時計などに切れると困る。
 だが、あとでラベルを見てがっかりした。なんとアルカリ電池ではなく、旧式の長持ちしないマンガン電池で、今どきほとんど売っていいない代物である。
 家人には内緒で、自ら「賢い消費者」と唱えた称号はそっと返上することにした。

注 JMA Japan Marketing Agency

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