作品の閲覧

エッセイ・コラム

九月になると

大平 忠

 九月になると、子供のころの淡いパステル画のような思い出が浮かんでくる。

 小学校1年のとき、2学期が始まる日だった。1学期と席が変わって隣にクラスで一番すてきな女の子がやってきたではないか。ぼくはすっかり落着きをなくした。そして、授業中だったが彼女に話しかけてしまったのである。たちまち先生に見つかり注意された。ところが、もう一回やってしまった。今度はきつく叱られた。
 そんなことがあったせいかどうか、彼女とは仲良くなり、学校が終わってからもときどき遊ぶようになった。秋の学芸会で彼女はピアノを弾いた。舞台の上の姿がまぶしく見えたのを覚えている。
 2学期が終わり、「通信簿」を貰うと修身だけが「良」だった。
 年が明けた2月早々、ぼくは東京杉並から四国へ疎開し、その子とはそれきりである。
 以後、小学校を卒業するまで、全優・オール5からは遠ざかるばかり、中学、高校ではまったく及びではなかった。ふりかえると。あの2学期は、ぼくの生涯で全優をとる唯一のチャンスだったのである。

 四国善通寺で小学校4年のとき、九月の日曜日のことだった。街の本屋へ出かけた帰りのこと。2学期に一緒に学級委員になった女の子とばったり会った。会った場所のちょうど前が映画館だった。ぼくは、映画を見ようかと誘った。彼女は家に断ってくると言って近くの家まで走って帰り、いいわと戻ってきた。
 見た映画は、「ノートルダムのせむし男」。主演が名優チャールズ・ロートンとまだ十代のモーリン・オハラであった。もっともそのことを知ったのは大学に入ってからである。チャールズ・ロートンが鐘に飛び乗っていくつも鐘を鳴らしていたのを覚えている。
 二人ともわくわくした気分でもなく、ごく自然にひょいと映画館に入ってしまったのだ。
 彼女とは、親しくなったが、家が遠かったせいもありその後特に遊んだことはない。翌年の3月、ぼくは東京に戻ってきてしまい、彼女ともそれきりであった。
 今になってみると、女の子を映画に誘う機会は以来再び訪れることはなく、ぼくにとってはそれが最初で最後の経験だったのである。

 今年も九月がめぐってきたが、思い出すパステル画もぼやけてしまった。それでも甘酸っぱい香りがかすかに匂うようである。

(平成23年9月30日)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧