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エッセイ・コラム

疑わしきは「神話」

野瀬 隆平

「神話」と聞いて何を連想するだろうか。本来の意味はともかく、比喩的に、「はっきりした根拠がないのに絶対的なものとして信じられている事」を表わす言葉である。最近では原発の安全神話というように、その響きは疑わしさの度合を強めている。
 英語で神話は “myth”という。英英辞書を引くと“an idea or story that many people believe, but which is not true”とあり、明らかに「真実でないこと」と説明されている。

 最近、友人のNさんから“The New York Times” に掲載された興味深い記事を紹介された。“The Myth of Japan’s Failure”と題する意見論文である。日本語に訳せば、「日本の失敗という神話」とでもなるのだろうか。上に述べたとおり、英語でmythとは真実でないという意味であるから、日本が失敗したというのは「事実に反する」と言っているのだ。
 日本ではバブルの崩壊以降、失われた10年、いや20年と称されて、経済が停滞したままであると理解されている。経済だけではなく政治も混乱し、それが更に経済を悪くしていると言われている。このような日本の失敗は世界的に知れ渡っており、それを反面教師として同じ過ちを犯さないようにしよう、というのが一般的な理解である。

 しかし、掲載された意見論文の著者は、日本が失敗したというのは、事実に反していると主張しているのである。観念的、抽象的に一般の人達が捉えている情報とは異なり、日本の現実をよく観察すれば、実態はそれほど悪いものではない、いや米国と比べて見ても日本の方がむしろ良いと言っている。
 日本の地に一旦足を踏み入れたら、それが実感できるという。空港は立派できれい。人々は皆小奇麗な服装をまとい、街には高級な外車が走り回っている。
 色々な経済指標を基に日本の実情を分析しているのだが、この著者の特異な点は、一般的によく使われる指標とは別の、独特な視点からも眺めていることである。例えば、日本人の平均寿命、高速インターネットの普及率、高層ビルの建設数などである。
 必ずしもすべてが説得力のあるものではないが、日本の経済・社会が実態以上に否定的に捉えられていることを指摘し、何故そのように実態と離れた情報が流れているかを考察している。その理由の一つとして、次のような面白い分析をしている。
 即ち、海外から日本に派遣されている企業の営業担当者は、日本の経済が悪いと常日頃本社に報告しておけば、仮に日本での販売実績がノルマに達しない場合でも、これが免罪符になるというものである。

 さて、あなたはこの論者の意見に納得しますか、それとも日本は失敗したという「神話」の方を信じますか。

《2012年1月6日発行 ニューヨーク・タイムズ 著者:イーモン・フィングルトン》

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