白昼夢
春の陽射しがクルメツツジの大株を覆う無数の真紅の花を輝かせている。
ある日の午後、私は新聞を片手に居間のリクライニングソファに座り、ガラス越しに春爛漫の庭を漫然と眺めていた。快い暖かさが眠気を誘う……。
つけっ放しのテレビに目をやると、国会中継中でヒラリー・クリントンが映っていた。色鮮やかな青いスーツ姿が様になっている。そこで彼女は米国務長官ではなく、日本の首相として野党と対峙していた。
「増税の前にもっとやることがあるでしょう」野党議員は一つ覚えを繰り返す。
「今後4年間、毎年10兆円の歳出を削減します。公務員も30万人減員、そのうち2万人は今年中に実行します。その上で2年後に消費税の増税をお願いしているのです」クリントン首相はおめず臆せず堂々と答える。「まだやるべきことがあれば、提案して下さい。すぐ実行します」
この歳出削減案、どこかで聞いたことがあるな。そうだ、英デーヴィッド・キャメロン首相が推進中の財政赤字削減策と同じだ。先進国の財政再建策でやるべきことはどこでも同じなのか。
農民保護をうたって農村票をかき集めた野党の党首は、「TPPは日本の農業を破滅させる」と市場開放に猛反対する。これに、首相は、アメリカの自動車産業が日本車などとの競争に敗れて遂にはあのGMが経営破綻に至った経緯を語り、過保護はその産業を弱体化させる。保護政策に費やす資金を競争力強化に使うべきと主張し、TPP交渉参加に前向きの姿勢を示す。
彼女の政策は新自由主義的ではあるが、小泉改革と違い、結果生じる格差問題も放置することなくセーフティネットの整備を公約している。
しごく当然の討議が繰り広げられているが、ここに来るまで大変だった。たまたま手元の新聞(2013年4月1日付)に、この一年を振り返る記事が載っているので辿ってみる。
昨夏民主党は事実上分裂し、増税一点改革の野田内閣は行き詰った。野田と谷垣自民党党首は選挙をすると橋下の維新の会に負けそうなので解散を避け、民主・自民連合を目指したものの、二人には統率力がなく政局は混乱を極めた。政治は停滞し、震災復興、財政改革、それにTPPと先送りできない難問が山積しているのに、いたずらに月日ばかり流れる最悪の状況が年末まで続いた。
結局この国は強烈な外圧がないと、自ら変わることは勿論、まとまることも出来ないのか。私はこう考えて暗澹たる気持ちになった。と、思いかけず……。
ここで外出していた連れが戻って静寂が破られ、肝心なところで夢は途切れた。その続きを見る術がないのでヒラリー・クリントン登場の経緯は不明だが、彼女が私の夢に現れた理由なら思い当たることがある。
先日公開された映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』を観て、〈日本にも是非サッチャーが欲しい〉と渇望した。せめて日本の変な首相経験者に替えて最高顧問に迎えたい、と考えたが、名女優メリル・ストリープが演じる無残な老耄の姿を見せられては諦めざるを得ない。そこで乱暴な話だけれど、まだ生きがよくて華が残っているクリントンに夢の中で代わったのではないか。
暴論のついでに、勢いで中国に押されているアメリカは、パートナーの日本がしっかりしてもらわないと自分が困る。そこで、企業でいえば破綻しかけた提携先を建て直すために有能な社長を派遣したのかも……。
埒のない夢物語はともかく、待ったなしの改革を進めるのに過去の成功体験にこだわり想定外に弱く、右顧左眄(うこさべん)しているだけの既存の政治家では駄目だ。しがらみとは無縁の、政策実現力のある若手よ、出でよ! 前述の英キャメロン首相は45歳である。
「革命は辺境から起きる」というから、地方の蜂起も歓迎だ。
ともかく、総論賛成、各論反対の抵抗勢力は根太(ねぶと)のようにしぶとい。「根太は敵に押させよ」という諺もあるくらい、痛みを伴う荒療治は避けられない。