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エッセイ・コラム

サービスを欠く

西川 武彦

 サービスする、サービスが良い、サービスが悪い、サービスを欠く……。世の中サービスを巡って姦しいですが、以下は後期高齢者の買物風景。

 75歳の爺様、ワインショップであれこれ迷った挙句、1200円と1150円の赤ワインを籠に入れます。なんのことはないその店では一番安いやつです。数人の目利きらしいお客さまが、三千円から五千円のコーナーで見比べているのを恨めしそうに眺めながらレジへ向います。

 爺様をレジで待ち受けるのは活きのよいレジ雄君。
レジ雄「……らっしゃい、毎度……。こちら二本でよろしいですね」
 爺様「そうね」。ズボンの財布からおもむろにポイントカードを取り出して渡します。
レジ雄「お預かりします」。瞬く間にレジスターでキーを叩き勘定します。
「お勘定は2350円になります」、ポイントカードを返しながら代金を告げます。
 爺様、カード入れからごそごそVISAカードを取り出します。
 レジ雄君はその間に二本の壜をポリ袋に入れ、爺様の前にさっと置いて待ちます。じっと手元を見つめられ、爺様、焦ってポトリとカードを足元に落します。鼻水もポトリ……。レジ雄君、見てみぬふりして待つ。
 カードへのサインがなんとか終わり、カードとレシートが爺様に重ねて戻されます。受け取り損ねて、レシートがひらひらと足元へ……。爺様の後ろには既に別のお客さんが二組……。毎度こんな風景になります。

 若いお客さんだと、レジ雄君とのリズムのよいやりとりに満足して、サービスがよい店だと納得して帰ります。
 しかし、です……、視力・聴力が衰え、動作がゆっくりで素早く反応できない高齢者には、そのペースに上手に合わせる対応が良いサービスといえるのではありませんか?
 サービスっていうのは、相手に奉仕するというのが語源です。レジ雄君の爺様への対応は、テニスで時速200キロのサービスエースを決めたように一方的なのです。
「あんなやり方は、サービスに欠けている」と、爺様は寂しく呟いています。

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